ゆめをたべてく

いろんな好きを掛け持ちする飽き性

『ストロベリーナイト サーガ』についての愚痴

ストロベリーナイトが再びドラマ化するという。

この記事はそのことに関する単なる愚痴だ。竹内結子さんが姫川を演じた『ストロベリーナイト』シリーズが大好きだった、原作も全部読んでブルーレイも全部持ってて、この作品群がまるごと本当に大好きだった私の、単なる愚痴です。

 

今度放送される『サーガ』の出演者はもちろん、制作に関わった人を否定したいわけではないし、サーガもとりあえず観るとは思う。でも、制作に携わる方々が人間で心があるように、受け取る私にも心があるので、それを吐き出したい。

『サーガ』を純粋に楽しみにしている人、批判や悪口は読みたくない人は、今すぐ「戻る」をお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

ストナイ実写化、いや本当に、なぜこのタイミング?なぜこのキャスト?? 第一印象(?)としては「正気か???」と思わざるをえない。

二階堂ふみさんも江口洋介さんも嫌いではない。亀梨さんは、好きだ。応援している。それでも、彼らがこのそれぞれの役をやる理由がわからない。彼らで再び実写化しなければいけない理由がわからない。この企画が大勢の人の承認を得て原作者も通過してOKが出されて世に発表された理屈がわからない。

 

サーガの公式HPには「新時代の“姫川・菊田”コンビが誕生!」とある。

平成は確かに終わる。ただし前回の(もはやこの「前回」という言い方にもイラッとくるぐらいだ。勝手に「昔の」みたいに扱ってくれるなと思ってしまう。ここは単なる言いがかりに近いが)スペシャルドラマが2010年、連ドラが2012年、映画が2013年。映画から数えるとたった6年しか経っていない。「新時代の」と謳うほど、時は流れていないと思うのは私だけだろうか?

それに、二階堂ふみさんは現在24歳、亀梨さんは32歳。竹内結子さんが最初に姫川を演じたのが30歳、西島さんは39歳。「27歳の若さで警部補に昇進」という明確な設定が打ち出されている役を、それより年下で、他に特別この人でなければならないという要素がなさそうな女優さんが演じる理由はなんなのだ? ちなみに菊田は32歳の設定なので年齢的には合ってはいるのだけど、ジャニーズは若く見えるってことを忘れてくれるな。(まぁでも年齢の話をしてしまうと作品なんて作れないだろうけどな…) 

「新たな挑戦」とかよく聞くけど俳優女優に挑戦をさせるために私の好きな作品を利用してくれるなよ、と思ってしまうし、「原作ファンの想いに向き合って」ってのもよく聞くけど向き合うならもうそこに大好きな形があるので新しい形をお届けしてくれなくていいです…とか思ってしまう…。

私の中で姫川は竹内結子さんのあのビジュアルであり、菊田は西島秀俊さんであり、ガンテツは武田鉄矢さんであり、石倉さんは宇梶剛士さんであり、井岡は生瀬勝久さんだ。そのイメージが、記憶が、まだ鮮明に残っている。もう嘘でいいから二階堂さんが作品の大ファンでどうしても姫川玲子がやりたかったとか、そういうわかりやすくて納得のとっかかりになりそうな理由つけといてくれたらまた感想も違ったのかな…。

 

「リメイク」ということに関して、10年20年の時を経て、世代が変わり、ドラマを観る層が変わり、作品を知らない人が増え、もういちど新たなキャストで焼き直しを図ろうとするのはわかる。また、他の局や他の媒体で、同じ作品を別のアプローチで実写化するのもまぁわかる。

なぜ、同じ局で、同じ連続ドラマという媒体で、たった数年前の作品を、ましてやヒットと呼べる功績を残し多くの人の記憶に残っている作品を、リメイクするのか??????

 

話題性のためだろうか。確かに今回話題にはなった。私はジャンル別に複数ツイッターのアカウントを所持しているが、そのどのタイムラインでもそこそこ話題になっていた。一人の人間の趣味を反映したものだから複数とはいえ似た者が集まっているだろうが、それでも、一方で話題になったものが一方で全く触れられていないという現象はよく起きているので、今回の件はある程度広くの層で認知され、賛否両論とはいえ心を動かしているのは確かだ。

スポンサーになんでもいいから話題性のあるドラマ作れと言われたのか?

はたまたフジテレビの所持している権利コンテンツでまた使えそうなものがこれだったのか。

内容の質が担保されているから、ある程度の結果を見込めるからだろうか。ストーリーの面白さは保証されている。確かに、リメイクはそういった点での安心感は大きい。新しく、反応が読めない作品よりも、見どころや楽しみどころが想像できる作品は提供する側にとって安心だろう。

ただし今回のように“まだ”数年前と言っておかしくない作品のリメイクでは、その内容が中途半端にネタバレしている状態であり、「前作のドラマ・映画を全て観て原作も読んでいる人」「ドラマだけ観た人」「原作だけ読んでいる人」がごちゃまぜにいるような世界に提供するには悪いとこどりになってしまうような気がする。

サーガでは既に実写化された『ストロベリーナイト』『ソウルケイジ』、映画化された『インビジブルレイン』、そして前作映画後の時間を描いた『ブルーマーダー』をやるというが、連ドラ10時間だか11時間だかの時間と予算で描けんのか!?っていう気持ちにもなっている。比べられることは制作側も織り込み済みだろうから比べるけど、前回はSPドラマで2時間、ソウルケイジで3話、映画で約2時間。連ドラ1~8話で描かれていた、事件を追うごとに深まっていく姫川班の絆みたいなものや、姫川の過去や家族を含めた人物像、菊田との関係、……あの『ブルーマーダー』に辿りつくまでの気持ちを、描けんのか…????(あともう単純に『ブルーマーダー』めちゃくちゃ好きだから竹内さんと西島さんでやってほしすぎた…!!!ちなみに梓は私の中で大塚ちひろさんです。)

 

放送前からハードルぶち上げて、人気者を矢面に立たせて、本当にどうしたいんだろう。

花ざかりの君たちへ』も『デスノート』も早々にリメイクしていいことあったか!? あったかもしれないけどごめん私は知らないよ…。

映画とドラマでコンテンツが違ったデスノはまだしも(人気作が映画、ドラマ、舞台と次々メディアミックスされていくのはよくある)、『花ざかり~』は2007年版が平均視聴率17.04%、2011年版が平均視聴率7.1%(関東地区・ビデオリサーチ社調べ)である。私たち視聴者にとって視聴率はなんの意味もない数字であり面白いかどうかを測るものではないが、テレビ局にとっては「数字が大事」なんでしょう? あなたたちにとって“大事”な数字でこの結果が出ているのに、この数字の原因を探って「早々のリメイクは失敗する」というひとつの答えを見つけられなかったのか?反省材料にはしなかったのか?

 

あと前回の『ストロベリーナイト』はメインテーマをはじめとする音楽も素晴らしかったが、そこだけでも超えるってすごいハードルだと思うんだけどどうなんだろう。まさかあのメインテーマ使いまわしたりしないよね…???

 

 

 

私は冒頭に「サーガもとりあえず観るとは思う」と書いた。まぁそれでいいのかもしれない。だってエンターテイメントもビジネスだから。制作者個々の感情は置いといて、商業的な側面で言えば「売れるために面白いものを目指す」のかもしれないが、売れたあとの感想に必ずしも「面白い」「よかった」と思って貰う必要はない。話題になって、とりあえず観てもらって、最初だけでも数字をとって。アイドルを入れておけば、人気女優を入れておけば、どこかでかばい合いや自治が起きて賛否両論が「否」だけになることなんてないし、批判が多くたって「話題の」という文言は使える。一種の炎上商法だ。売名だ。でもそれでいいのだ、そういう世界なのだ、きっと。観てもらわなければ、知られなければ、良さも伝わらない。ストリートミュージシャン出身の歌手が、ストリートでやってた頃からの曲を軌道に乗ってから改めて発売したらバカ売れしたなんてエピソードはいくらでもある。全く同じものでも、売っている人の立場や売り方で広がり方は全然違う。「好きだ」という感情が生まれる前にはまず「知られる」必要がある。長年活動してきた人がある日突然“ブレイク”するのも、似たようなものかもしれない。

そして、作る側に「例え既存顧客からの批判が多くても新規ファン開拓が目的だから」と言われれば、既存顧客の立場で出来ることは何もない。最終的に辿り着いたのは、少しの悔しさと、諦めだ。仕方ない。

 

 

実写化というのは原作の広告であり、大規模な二次創作であると思っている。

広告なんだから、興味のないものは買わなければいい。二次創作なんだから、解釈違いも大いにある。

ストロベリーナイト』が好きな者として、『サーガ』が出来れば自分との解釈違いのない、作品の良さを伝えて広めるようないい広告になればいいなと思っている。『サーガ』が終わった時に「こいつ観る前こんなこと書いといて『サーガ』好きになってんじゃん」と、なることを、祈っている。

 

あ~でもやっぱり、『ブルーマーダー』、竹内さんと西島さんで観たかったなぁ。

2019年の読書録 ※随時追加

2.『十二人の死にたい子どもたち』冲方丁

なるほど確かに「真剣10代しゃべり場」だな、と(笑) 映画ではそんな雰囲気感じなかったけど、映画観たあとで原作読んだら、これは確かにエンターテイメントでありつつ少年少女に向けた文学作品だなという印象を受けた。「面白かった」「つまんなかった」と思って終われる人はきっとそれでいいんだろう、だってそう思える生活にいる人はまだ自ら死に向かわないだろうし、何よりエンターテイメントなんだから。「考えさせられる」と思う人がいて、何かしらの行動を取るなり、取らないまでも意思を表明したりするならそれはこの作品の意味になる。バランスがとてもいいし、どの理由についても「否定」はされない。すっきりとした読後感がある。めちゃくちゃ冷静に考えれば、ユキが最初に全て打ち明ければそれで済む話なんだな、とは気付いてしまったけど(それを言ってはおしまいである)。誰のことも受け入れたりはしないけど誰のことも否定しないアンリさんが好きでした。映画よりも凄絶で悲しい人だった。そしてこの小説をあぁやって映像化したの、その立体化めちゃくちゃ上手くてすごいなと思った。でもそういえばアンリさんの火事エピソード(だから煙草を嫌悪してた)っての映画オリジナルだったん!?!? 映画の繋げ方好きだったのでこれはちょっと驚いたな。(1/27読了)

 

 

1.『人生を変える断捨離』やましたひでこ

新年初読書!1時間半くらいでさくっと読めた。最後の方はちょっとスピリチュアルな話になるけども、断捨離という考え方(?)について改めて知れた気がする。いちばん響いたのは「モノに義理立てする必要はない」という言葉。あとは自分軸と「今」どうなのか、が大事というのは納得。ここ数年ずっと部屋がとっちらかっているので、いい加減スッキリ暮らしやすい空間にしたいと思った。始めよう、断捨離。(1/16読了)

 

 

映画『十二人の死にたい子どもたち』※ネタバレ

1/25、さっそく観てきました。面白かった。

それぞれのしにたい理由を持った子どもたちが集まり、“13人目”を巡って徐々にいろんなことが明かされていく、少しずつめくられていく、皮がはがされていくような物語。「死」を考えることはつまり「生きる」とはなにかを考えるようなもの。この映画を観たり、この物語に触れることでひとりでも「しにたい」と思う人、特にそういう若い人が、減るといいなと思いました。

以下、ネタバレ込みの感想となるのでくれぐれも注意してください。









 




 

 

すごくいい映画ですごくいい物語だった。
驚きと共に大どんでん返しがあるような話ではないが、(大きなことが起こっているとしたらもう最初、集っていることが大事件だし13人目の存在が大事件)紐解かれたそれぞれの理由と、13人目=ゼロバンを巡るそれぞれの関わり合いが見事な、緻密な映画だった。

「死にたいけど、殺されるのはイヤ。」ってコピーがあったけど、パッと目に入って受ける印象(「安楽死」を求める子どもたちの話と聞いていたので、痛かったり辛かったりすること含めた殺される恐怖でイヤなのかな?というイメージだった)より、このコピーめちゃくちゃ深い。保険金が入らないように「自殺じゃないといけない」だったり、抗議の意思を知らしめるために「自ら選んだ」ものでないといけなかったり。
そもそもみんな「ただしにたい」わけじゃない。「死」という結果を求めに来ているわけじゃない。それぞれの「しにたい」にはその背景から来る本当の気持ち、「しにたい」っていう結論に至るまでの動機がある。言い換えるとするなら、


1番サトシの「しにたい」は「知りたい」
2番ケンイチの「しにたい」は「逃げたい」
3番ミツエの「しにたい」は「追いたい」
4番リョウコの「しにたい」は「莉胡でいたくない」
5番シンジロウの「しにたい」は「自分の意思で選びたい」
6番メイコの「しにたい」は「忘れられたくない」
7番アンリの「しにたい」は「抗議したい」
8番タカヒロの「しにたい」は「もうやめたい」
9番ノブオの「しにたい」は「暴露したい」
10番セイゴの「しにたい」は「利用されたくない」
11番マイの「しにたい」は「終わらせたい」
12番ユキの「しにたい」は「楽にしてあげたい」


みたいな、そういう思いを突き詰めて、悩んで考えて、選んだ末に、この集いに来た。
最後、集いの中止に賛成することはその選び抜いた自分を否定することでもあるし、死ぬことを選んで向き合うことをやめた現実にまたぶち当たることでもある。つらくてつらくてここに来たのに、ここを出ることがどんなに怖いことか。
それでもみんな笑って、太陽の下に自分の足で歩いてそれぞれの道を歩き出していった。
その結末を「よかったなぁ」と思える自分で、よかったなぁと思う。

 


それぞれの人物について。

 

1番 サトシ(高杉真宙
「死に取り憑かれてしまっている」ということは言っていても、最初から最後まで自らが「しにたい」という意思は示していなかったような気がする。主催者としての中立さ、何を考えているかわからなさがすごくよかった。目が虚無な微笑みの仮面かぶった高杉真宙、めちゃくちゃよかった。
集いを何度か繰り返していることについて「何で死にたいのかを知りたい」と言っていたけれど、それはきっと父親が死を選んだ理由や思考を知りたいのかもしれないし母と兄が無理心中を図った理由を知りたいのかもしれないし、それを自分の中で納得させたいのかもしれない。ある程度の理由はわかっているのに、そこから「死」に辿り着く過程を探しているのかもしれないし、または「“自ら死を選ぶのを理解できない自分”を肯定したい」のかもしれない。サトシが何度集いを行ったとしても、「実行」は成されずに、いつかサトシ自身が「生きる」ということに道を見つけられたらいいなと思う。

 

2番 ケンイチ(渕野右登)
空気の読めないキャラクターに乗せて私たち観客の気持ちを代弁するような役だったのかなと思う。彼の反対から全てが始まっていった。彼の「ちょっとまって!?」が物語をゴールまで繋げてくれた。そんなバトンのような存在だった。
彼の周りに、マイやセイゴのような、少しでも彼の味方、彼の仲間側の目線で接してくれる人がいたら全然違った学校生活が送れたんだろうな。あんな明るい子が「しにたい」と思ってそれを行動に移すまでのいじめと思うと、本当に学校という隔離された世界はしんどいし、知識をつけるだけの勉強なら学校行かなくてもいくらでも出来る方法があるんだし、もっと幅広い選択肢がわかりやすく示される世の中になるといいよね…。

 

3番 ミツエ(古川琴音)
4番 リョウコ(橋本環奈)
この2人はセットというわけではないけど、裏表というか、一緒に語りたい2人。
大好きな芸能人が自殺して後を追いたいミツエと、芸能人である自分を消し去りたいリョウコ。
「しにたい」と集ってきたのに、自分もそう思ってそれ相応の覚悟でここに来たのに、リョウコの死を止めるために、「彼女が棄権するまで実行はしない」と宣言するミツエ。自分の「しにたい」より彼女に「死んでほしくない」が勝つのは、面白い感情というか、人間の不思議なところというか、こういうのが優しさや思いやりなのかもしれないし、おせっかいや余計なお世話なのかもしれない。
リョウコの「大人たちによって作られた“商品”よ」「そんなものに命をかけるなんてバカじゃないの」って台詞には、そりゃそうだ、って思うと同時に胸が痛くなるような思いがした。私たちが好きになっているのは「商品」なんだな…と。重々わかってるつもりだしわかってて楽しんでるつもりだけど、それに人生や生活をかけるのは「バカじゃないの」って言われるようなことなんだなぁと。そんな風に彼ら(推し)に思われてんのかなぁ、と。まぁ、思われててもいいか……彼らが望んで「商品」を続けてくれるのならそれでいいか。
逆にミツエの「あんたたちは夢なんだ」「普通の命とは違う」ってのはわかる~~~~って思う。命の重さは違う。ただそうやって、リョウコが、「秋川莉胡ごと消すしかない」って死にたくなるくらいの重圧や利用価値を、今自分たちも誰かにかけているのかもしれない。いちファン側の人間として、もしかしたら間接的にでも自分(たち)の乗せた重荷が推しを殺すかもしれないと思うと、怖いなと思った。映画を観る前からわかっていたことではあるけれど改めて胸が詰まるし、どうか芸能人のみなさまにおいては「自分の人生」をいちばん大切に生きてほしいなと思う次第。ファンが悲しんだとしてその感情はファンひとりひとり自身のものだから。それぞれで解消していくしかないから。私は「私の意思で追いかけてる」し、好きなことを、それで派生したいろんな感情を、誰かのせい、相手のせいにしたらいかんなと思った。
この2人の言い合うシーンはすごく苦しかったけど好きなシーンでもあった。橋本環奈のあの美しい顔が歪むほど叫んでいるのもよかったし、ミツエの広島弁もよかった。

 

5番 シンジロウ(新田真剣佑
この映画で何にいちばん驚いたかってシンジロウの推理力だよね、解き明かしていく過程(なぜそれをシンジロウがわかったのか、どういう思考を辿って、気付いた事実から推理を導いたのか)をひとつひとつ丁寧に明かしていったわけじゃないから、いつの間にかシンジロウがわかってたのがびっくりした。あ~~でも今書きながら気付いたけど、シンジロウの推理が当たってたのはシンジロウ的には結果論だし、回想みたいにアンリとノブオの映像が入ったから事実っぽかったけどあの時シンジロウが話してるあの場では、まだ2人以外にとってはあれはただの「シンジロウの推理」でしかなかったのか、なるほど。それにシンジロウが気付いた瞬間を解説してしまうとそれは推理モノになっちゃうし、完全にシンジロウ主人公のメインの映画になってしまうからな…。十二人を取り上げた物語だからあれでよかったんだな、うん、なるほど。
シンジロウは、マイに「同じだよ」と言った。この一言が私の中ではこの物語で伝えたいことの核だと思っていて、みんな、それぞれ自分の悩みや考えや環境を、知ってもらって、最悪な状態をそれ最悪だねって言ってもらって、悩んでることを「悩んでていいんだよ」と肯定して認めてもらうだけでも、生きていけるのかもしれない。死にたい子どもたちが死にたい子どもたちではなくなるのがこの話のゴールで、その先頭を走るシンジロウはいちばん「死」に近い人間でありながら、だからこそ、「生」を肯定する姿が見ていてとても美しくて、切なかった。

 

6番 メイコ(黒島結菜
父親にとらわれてる女の子だった。下手に賢いあまり、自分が、かつて父親に捨てられた母親たちのように必要ない存在に成り下がったことに気付いてしまったんだろうなぁ…。自分が死んで保険金を残すことで父親に自分の存在を刻み付けようとする、その邪魔となりそうなノブオを排除してまで実行しようとする、その迫力、意志の強さがすごかった。でもノブオが戻ってきたときに咄嗟に扉を閉めてしまったところに成熟しきっていない若さを見た気がする。
最後、みんなが集いを中止することに賛成する中、メイコはぼろぼろと涙を流す。父親が自分を必要としていないことに本当は気付いていたけど必死に見ないふりをして強がってようやくこの日を迎えたのに、中止に賛成することは必要とされていない現実とまた向き合うってこと。そのことを明確に考えて泣いてたのかはわからないけど、あの涙は、そんな現実へ帰る辛さはわかっていてだから確かに覚悟したはずなのに、今迷っていて賛成する気持ちのある自分に戸惑ったんだろうな。
さっさと解き放たれて、自由になれるといいなぁ。

 

7番 アンリ(杉咲花
アンリさん…!! や~~~~~よかったよね、杉咲花ちゃん、よかったよね…。強くて、自我がまっすぐにあって、頭の良い人なんだろうな、アンリさん。キャラクター的にめちゃくちゃ貫禄があって、それを演じる杉咲花ちゃんの「女優…!」な雰囲気、この子はゆくゆくは桃井かおりになるな…と思った。すごい女優みあふれる女優になると思う。トーク番組とか舞台挨拶とかの素で喋ってる時とのギャップもいい。
アンリさんずっとよかったけどやっぱりあの扉を閉める閉めないのところのメイコとの対決、杉咲花黒島結菜の対決が最高。この2人の対決シーンだけでも見どころとしては十分、千いくら払う価値のある映画だと思った。そのくらいあの女優対決はよかった。
セイゴに言った「母親だってアンタが自殺したからって別に悲しまないよ、ちょっとした誤差程度のもんよ」ってのが痛烈ですごく好きな台詞だったんだけど、アンリの過去を聞くと、もしかしたら「自分(と弟)は母親にそんな風に思われてた」って思ってるから出た言葉なのかもなぁ。
席の位置からもわかるけど、サトシと対になる存在で、表裏で、この2人、カウンセラー業とか始めたらいいコンビになりそうなのになと思った(笑) 最後「また」って言って番号札をとって帰っていったのがよかった。「7番」である限り、「実行」を選べる。

 

8番 タカヒロ萩原利久
毒親に自己を侵されて、親が否定する自分を否定しているような子。アンリからしたら、武器も盾も与えられず丸腰で戦場に放り込まれてるようなものだろうな。戦う術を知らないままここに来てしまった。
でもここにいる時のタカヒロはちゃんと自分で気付いたことを発信できるし、意見の言える人って印象を受けたから、いつか彼自身が親の言葉は絶対じゃないことに気付いて自分で自分を肯定できるようになればいいなと思う。
あと彼がノブオの「意外と広いね」の真実に気付いた瞬間の、スーーッ、デデン!って顔に寄っていくカメラワークがもうめちゃくちゃ金田一!だった(笑) 金田一というか堤監督あるある…?

 

9番 ノブオ(北村匠海
実行犯ノブオ。最初の「意外と広いし」ですぐコイツ何か知ってるじゃ~~ん!!ってなってしまったから、ちょっと推理モノに慣れすぎたと思う、自分が。 屋上での「そうだよ」には、おまえかーーい!あっさり認めるんかーい!って思ったけど、結果的には半分正解で半分間違いだったわけですね。
ノブオの「人を殺した」って過去の独白は、しにたい理由としては比較的理解しやすいもので、なるほど、と。「なんでも人並み以上にできて、そういうのが嫌味だったのかな」っていう台詞の言い方がもう本当にいじめたくなる気持ちがわかるくらいめちゃくちゃ嫌味で、この一言にあんなにも嫌味さを醸し出す北村匠海の芝居に惚れぼれした。
「あっさり事故として処理されちゃってさ」っていうのは「警察が真実を見つけてくれるとは限らない」ってことで、それを実感として知ってるノブオが冒頭のゼロバンが自殺か殺人か警察はどう思うか…って話をしてた時に何を言っていたかをもっかい確かめたい……記憶にないのが残念すぎる。こういう観点で、全てを知ったあともういちど観たら、また違った面白さのある、作品としての上手さに気付く映画なんだろうな~と思う。
一応北村匠海くんきっかけでこの映画観に行ったので、途中でノブオが落とされて帰ってこなかったときはまさかの途中離脱!?次出てくるの死体!?ってどうしようかと思ったけど無事生きて帰ってきてよかった。
シンジロウことまっけんが変な声を出すシーンがあることは事前に知ってて、該当のシーンで「ここか!」と思ったんだけどそのあとのギョッとしたノブオの表情が最高によくて、「台詞のない北村匠海の芝居が好き」っていうまっけんの言葉に5億いいねしたくなった。あとリョウコの素顔を見て「…びっくりするくらい可愛いね」って言ったところもすごい好きだった。あの淡々とした言い方…! 北村匠海の声が好きだってことは前記事で散々言ったけど、声含めの北村匠海の芝居が好きだわってこの映画で改めて思った。そして確かに環奈は可愛い。

 

10番 セイゴ(坂東龍汰
「自殺」であることにこだわっていたセイゴ。母親に保険金を渡したくない、1年経てば殺される、だから今のうちに自殺であることがわかるように死にたい。こんな理由で死を選ばざるを得ないなんて、なんて可哀相な子どもなんだろう。「お金を渡したくない」っていう理由は逆に母親に固執しているようにも思えるけど、未成年で学生で、そうそう親から逃げられるものでもないし、「いつか殺されるかもしれない」って恐怖で生きていくのはさぞつらいだろうな。
ケンイチに対する優しさとかマイをたしなめる様子とか、見た目はわかりやすくやさぐれているけどきっと根はいい子なんだろうなっていうのが見えたから、どうか彼が楽しく生きていける環境が整うといいなと思う。

 

11番 マイ(吉川愛
バカだけどいい子だったなぁ。ケンイチのこともみんなのことも、否定するでも過度に肯定するでもなくてただまっすぐに見て受け止める子で、疑問はすぐ口に出して、疑問以外にもすぐ口に出すけど、そういう素直さをこれからもなくさないでほしいなと思える子だった。素直なばっかりの人って実際近くにいたらしんどいこともあるけど、みんながメイコみたいにありのままでいられて、自分の悩みとかしんどいことを「これで悩んでて何が悪いの!?」って言えるような、「何も悪くないよ」って認め合えるような世の中になったらいいなぁと思った。
メイコとケンイチとセイゴが同じクラスの幼馴染とかだったらめちゃくちゃいい名物トリオになるのになぁ。この3人にはここから出たあともちょくちょく会っててほしい。
吉田里琴ちゃんの頃から結構好きな女優さんなので、いつかその実力を爆発させるようなすごい怪演を観てみたいです。

 

12番 ユキ(竹内愛紗
犯人、お前か~~~~~い!!!!! いや犯人ではないけどね、犯人ではないけど。
全ての番狂わせはこの人から始まってた。自分のせいで事故に遭って、兄を植物状態にしてしまった、その辛さから楽になりたかった。楽にしてあげたかった。「死んでいいのか、兄を死なせていいのかという迷いを肯定してもらえたのは救われた」みたいなことを言っていたけど、そうやって「死」を肯定することで救われることもあるんだろうけど、でもやっぱりこの子が生きることを選んでくれてよかったなぁと思う。
「不幸な偶然に出会ってしまっただけ」、そう言われてそれですんなり未来が明るくなったわけではないだろうけど、これからも生き続ける道をこれからもずっと選び続けてほしい。手がうまく使えない身体的な、物理的なしんどさを感じるたびに自分を責め続けて生きてきたのは本当につらかっただろうな。「生きる」ことは未来があることだから、この子が何か希望を見つけられるといいなと思うし、いつか自分を赦せる時が来たらいいなぁ。自分を赦せないまま死ななくて本当によかった。

 

こうして振り返って並べてみると、1番が主催して2番が反対して3番が気付いて4番が聞いて5番が推理して6番が邪魔をして7番が協力して8番が見つけて9番が実行して10番が乗っかって11番が見つけて12番が持ってきた。本当にうまいことみんな絡んで成立した物語だな~! すごいな…。席の位置も、キーである7と1、5と9をつなぐと十字架になるし、6と8は親に囚われた者同士の対になってるし、3と4は隣り合わせだけど言い合うシーンの時ミツエは正面に回るのね、そういうのたぶんいろいろ考えられて作られてるんだろうな~~!
いろんな意図が各種に仕込まれた、ものすごくよく出来た作品であることは間違いないなと思います。堤監督だし。ところどころ差し込まれる外の風景、嵐の明けた最後の空がめちゃくちゃ綺麗だったな。

 

ここで少し物語ではなく中の人について。
12人の面々について、名前がわかる人が7人、わからない人が5人いて、北村匠海きっかけ、つまり出演者のネームバリューによって作品に触れた私が言うのもなんだけど、物語を楽しむという意味ではいつか高橋一生さんか斉藤工さんが言っていた「俳優本人の存在っていうのは芝居には邪魔」みたいなのがよくわかる作品だったなと思った。知らない4人は役としての入りだから100%役として見られたけど、他はやっぱりどうしてもまっけん顔がお綺麗な…とかって思ったもんね……。でも高橋さんは「作品を観てもらうためには自分の名前を売らないといけない」というようなことも仰っているし、芸能人のファンをしていてそれをきっかけに素敵な作品に出会えることは楽しみのひとつでもあるから、名前が売れてかつそれを越えるような役としての存在感を感じられるとこちらとしては嬉しい。
知らなかった4人について、ケンイチこと渕野右登さん、よく見たら(っていうのは失礼かもしれないが)大変整った顔をしていた。しょぼんとした顔がよかった。ケンイチ役めちゃくちゃよかったから、今度はちょっとウザいけど人気者の役で見れたらケンイチも報われそう(笑)
ミツエこと古川琴音さん、めっちゃゴスロリ似合ってたし声のキンキン具合が格好と合っててとてもよかった。お名前でググったら同じ事務所所属が樋口可南子安藤サクラ門脇麦岡山天音岸井ゆきの桜井ユキ、…って面々でなんかみんな顔似てるし芝居でぶん殴ってくるタイプの人たちばかりで、ここに名を連ねる古川琴音さんの今後ちょっと楽しみだなと思った。
タカヒロこと萩原利久さん、今調べて気付いたけど金田一のあの部員の子か~!!!だからタカヒロに寄るところ金田一っぽさ入れてたんかな!?そういうことか、堤監督の愛あるセルフパロディみたいなものだったわけか…。 他にもいろんな作品出てるみたいだし、背も高いし、頑張ってほしいと思う。根暗な役とか嫌味なエリートリーマンとか似合いそう~~!
セイゴこと坂東龍汰さん、見続けているとどんどんイケメンに思えてくる不思議な人だった。それが役のせいなのかそういう顔立ちなのかはわからないけど(笑) まだこのお仕事初めて1年くらいらしく、それでこの映画への出演は財産だろうな~~と思うし、このメンバーの中にいて全然見劣りも浮きもしてなかったからその才能にも期待だなぁと。
ユキこと竹内愛紗さん、どっっっかで見たことある…と思ってたら、『明日の約束』の仲間由紀恵の娘さんだった…! パンフレット見てこれだ!と。2001年生まれって何年生まれ!?っていう若さですし、次は目が死んでない役で見てみたい。


物語の感想に戻ります。
ノブオの台詞で「死ぬのはもういつでも出来る。ひとりでも」っていうのがあったように、みんなそれぞれ死にたい理由があって、それぞれ何かしらの理由でひとりでは死にたくなかった。
紐解かれた理由には、共感(理解)できるものもできないものもあったけど、シンジロウがマイに「同じだよ」って言ったように、本来同じなわけないそれぞれの理由がその人にとっては「しにたいほどの重さ」で、それをひとりで抱えていることは「同じ」。他人から見たら「そんなことで?」って思うようなことでも、人は悩むし死にたくなる。
逆に、他人から見たら「そんなこと」になるくらい、誰かの悩みは誰かが簡単になんとか出来ることなのかもしれない。セイゴがケンイチに「いじめてる奴らに俺が言ってやってもいいんだけどな」って言ってたけど、たったそれだけでケンイチの死ぬ理由はなくなるのかもしれなくて、そんな風に、すぐ近くに、端から見たらすぐに見つけられる別の道があるのかもしれない。

集まって話し合うことで、「端から見たら」っていう目線や「そんなことで」って思える回路を子どもたち自身が持つことができる。つまりは選択肢が増える。この集いは、死を実行させる道にも生をつなぐ道にもなる。
ところどころに出てきた影たちはこの時以前に行われて、帰って行った過去の集い参加者。まさに「影」であって、12人のような子どもたちが他にもいた・いるということ。サトシ以外の顔や人物像が明かされなかった影たちは、私かもしれない誰か、なんだろうな。

 

これは子どもたちの話だったけど、日々生きるどんな人にも当てはめることができるような心の揺れ動きを描いてたように思う。

でも、同時に、「子どもならでは」の理由も多かった。例えば親が理由の人たちは「親のもとから逃げ出せばいい」っていうのが正解なんだろうけど、それが出来ないのが「未成年」っていう立場。学校もそう。本人たちも家族や学校の世界が全てではないことはわかっているのかもしれないけど、それ以外の世界に自分が行く方法を見つけられないと、結局は今の環境が全てになる。親や利用する大人たちと縁切ればいいのにって大人になった私は思えるけど、実際、未成年で自分で稼ぐ手段がわからなくて自分で家を借りることもできなくて、生活の方法がわからなかったら「大人」とは離れられないし、お金を持っていても未成年が出来ることには限りがある。「他の選択肢を知る術がない」のあとに「知っていても選べない」現実がある。そういうところが、「子どもたち」を描いている独特のうまさ、あのキャラクターを取り揃えたこの物語のすごさ。
大人になってからこういうの観ると、「大人」ってなんなんだろうって思うな。

 

12人の話はフィクションだけれど、実際この現実に自殺は存在していて、いじめや過重労働による自殺のニュースを聞くとすごくしんどい気持ちになるし、どんな理由であれ自らの死を選ぶ人たちが、何か他の、「死ぬ」以外の選択肢に出会えていたらな…と思う。ひとりでも自殺で命を落とす人たちがいなくなってほしいなと本当に思う。
実は私にも、親戚に自殺した人がいて、年に1回会うか会わないかの私ですら「家族は、私は、その人の支えになれなかったのか」と思った。自殺ってのはその人を大切に想う人の心を殺すんだと思った。一生責め続ける地獄に落とすもの。でもきっといじめてるやつらは、過労死に追い込んだ奴らは、改心なんてしない。だから死ぬくらいならその原因から逃げてほしい、学校なんて何年留年したっていい、社会に出たら5歳差くらいは同世代だし引っ越しで家族を巻き込んだって地獄よりはきっとマシ。会社なんて辞めればいい、生きてさえいればどこかで働ける。死ぬ以上に周りに迷惑かけることなんてない。
……そうやって思うけど、実際にはきっと、お金がなかったり、死にたいほど辛いことが周りには伝わらなかったり、改善する方法がわかってもすぐ行動に移せなかったり、そういう些細な日常に紛れて時は過ぎていって、気付いたら死以外見えない崖っぷちにいてしまうんだろうな。

自分の辛さを誰かに知ってもらって、「そういうものなんだよね」って言ってもらって、誰かの辛さを「あなたもそうなのね」って思えて、自分だけじゃないかもと思ったり、そういうことで人って生き続けられるのかもしれないから、だから、ひとりで死のうとしないでほしいなぁ。

 

パンフレットの裏表紙、「13」の札。これはもしかしたら、これを手にとった私たち誰でもが「13番」に成り得るってことなのかもしれない。顔の見えなかった影たちのように、誰もが集いの参加者になる可能性はある。誰もが死に向かって生きているからこそ、「生」を肯定する道がそれぞれに見つけられるといいなぁと思った。

 

 

 

 

 

 

 


ハイ、全体的に「かもしれない」祭りでお届けしましたが、以上感想でした。あ~~~まとめるのに半日かかったー!(笑)


大変面白い作品でした。観れてよかったです。きっかけとなった匠海くんを選んだ方々も、出てくれた匠海くんもありがとう。
ここまで1万字オーバー、読んでくださった方もありがとうございました!!
それではまたどこかで。

 

映画『春待つ僕ら』

私の中の北村匠海くんブームが去らないまま、彼の出演映画『十二人の死にたい子どもたち』が明日に迫った1/24。あれ、そういえば『春待つ僕ら』の感想、書いてないな?と気付き、こりゃ『死にたい~』の前に上げねば!と締切に追われる作家のように慌てて書き始めました。鑑賞直後に残していたボイスメモと書きかけの感想をまとめたものです。もう公開も終わりかけだと土屋太鳳ちゃんがインスタで言っていたので、ネタバレ全開で行きます。


春待つ僕ら』、キラキラした青春の、いい映画でした。
物語としてはよくある少女漫画の三角関係、スペックの高い方が負けるというアレね……(しかし王道というのは面白くて惹かれるから「王道」なのだ)。亜哉ちゃん…初っ端からフラれることが分かっている亜哉ちゃん、すごく切なかった。小関くんの亜哉ちゃんがすごく可愛くて笑顔が美しくて、下手したら確かに女の子に見えるなっていう美少女感が素晴らしいなと思った。特報でも出ていた、永久と勝負したあと(かな?)の微笑みながら去っていくところの表情が美しすぎて好きすぎる。

 

「この作品を映画館で観ることの価値は、北村匠海の声にある」と言ってもいいくらい北村匠海の声がよかった。そういう意味では彼は本当に映画向きの人だと思う。いい音響設備で聴く北村匠海の声、最高。
あと、もぐもぐからのぷくーっ、あればずるい。浅倉永久の好きな仕草、絶対的に第一位。
肌のブルべ・イエベ的なことなのか、制服の色合いだったのか照明だったのか、正直この映画匠海くんの顔色悪めであの青制服全然似合ってなかったんだけど(なんかごめん)、白シャツのシーンは顔色悪い中でも比較的爽やかな印象の見栄えで、もぐもぐシーンもそれに該当していて、そういうところ含めて第一位。もうなにはともあれもぐもぐシーン。まだ公開されてる地域があるならそれを見にぜひ映画館に行ってほしい。そのくらいおすすめできる可愛さ。あの可愛さをエンリピしたさに円盤買うことを決意した次第(円盤出れば、かつそれまで私のブームが続いてたらの話だけど)。

 

バスケ部が舞台ということで、元バスケ部としてはどうしてもその目線で見てしまって、戦法話し合うところとか「バスケは4人じゃなくて5人でやんだよ!!!!他の部員も呼んでやれよ!!!!!!!!」と思ってしまった。まぁ仕方ない、四天王だから仕方ない。でも四天王スタメンの中に一人入る2年生の6番の気持ちを思うともうめちゃくちゃ切なかった。3年生4番の気持ちを思うともっと切ない。四天王以外のバスケ部にもお疲れさまと言いたい。それぞれにそれぞれのドラマがあったはずなんだ。四天王とたまたま同じ時に同じ学校に入ってしまったせいで……みたいな屈辱とかあったかもしれない。きっとどこの部活にもドラマはある。

 

バスケパートでいえばやはり永久と亜哉ちゃんとの1on1対決のシーンがとても好き。亜哉に絶対的に勝てない永久っていう画がすごくよかった。この2人がいつか単純にバスケの実力のみで勝負するライバルになったとしても、永久は亜哉には一生勝てないままでいてほしい。

 

恋愛パートで好きなシーンといえばやっぱり「俺美月のこと好きだわ」かな…。これは間違いなくここ“みんなが選ぶ好きなシーン”みたいなのでいちばんに挙がってくるとこだと思ってて、あ~ハイハイ狙ってんねわかるわ~って感じなんだけど、でもやっぱり好きだった。抗えないときめき。そのあとの4人のやりとりがまたこの4人の仲の良さを表していて、一連でとてもいいシーンだった。
この台詞の言い方とか、こう匠海くんの技というか、技なのか自然と出てきたものなのか、なんというかもう芝居の力ですよね。北村匠海さんもう本当に声がよくて、映画館のいい音響設備で聴く北村匠海の声ほんとうによくて。最高。もうね、どんな役でも、私はこの人の声を聴きに映画館に行きたいと思えるような声の良さ。いやもちろん顔も綺麗だし100%整ってるというよりはクセがある美しさだけど、まぁそれがまた目に留まるし記憶に残るスター性でもあるし、お芝居での表情や目線やら素晴らしいところも好きなところもたっくさんあるけれど、でもこの映画を映画館で観て、本当に彼は声が武器だなということを改めて思ったし、私はこの人の声が好きだなっていうのを改めて実感した1時間半だった。

 

四天王について。
永久は過去に少しだけ「抱えている」役で、その人そのものから醸し出す切なさみたいなのを表すのが、北村匠海はほんとにうまいな、と思った。永久はあまり自らで語って引っ張るような主人公ではないけれど、これまでもその真剣な姿で周りの人に影響を与えてきたんだろうし、美月もそういう背中を見て「追いつきたい」と思ったのかなぁ。ラインのやりとりはめちゃくちゃ可愛かった。「うん」…!!! でも駅のホームの後姿でバイバイは気障すぎん…?笑
ルイくん、稲葉友くんのルイくんがすごくよかった、すごく好きでした。
※そしてここからルイと恭介の学年を反対に覚えていたという盛大な勘違いを元に積み上げた感想(せっかく書いたから載せる)
美月がルイに「同じ目線になりたい」みたいな話をしてたシーンがとてもよかった。
彼は美月からしたら先輩なんですよね。高校のときの1個差って結構大きいと思っていて、四天王4人はフランクに話してるけど、美月にとっては同じクラスの朝倉くん、違うクラスの恭介くん、先輩の2人、なわけで、その先輩に対して話したときに、「俺らは同じ目線だよ」ってことを言ってもらえたり、仲間に入れてもらえて、っていうあの関係はすごくいいなと思ったし、「味方だよ」って言ってもらえる先輩って偉大だなと。ルイくん、いい人だった。ものすごくよかった、なにが、っていうわけじゃないけどありとあらゆる、各種各所でルイくんよかった。
あと磯村勇斗くんのやってた恭介も冷静な相棒って感じだったけど、あの役は原作では他にもエピソードがあったり奥行のあるような、もっと生きてる役だと信じたい。恭介は映画内では恋愛にはあんまり絡んでこないけど、でも永久が主人公で1だとしたらナンバー2なんですよ、絶対的にナンバー2、同学年の親友だもん。主人公の親友って基本めっちゃいいやつしかいないし、でも親友に至るまでにドラマがあったはずで、付き合いの長さの分、仲良く居続けてきた過去の時間の中に、絶対いろんなことがあったはずだと思うと、彼の物語をすごく読みたくなった。
杉野遥亮くん演じる竜二は、すごく、顔がよかった(笑) 杉野くんの顔がすごく好きなことに気付いた。 竜二としては、「背負いすぎてしまうリーダー」っていうのは昔私の周りにもいたけれど、リーダーであるということはその立場になったものしかわからなくて、その重圧でいっぱいいっぱいになって、少なからず自分のせいで負けてしまって、その後悔や反省やぐちゃぐちゃした気持ち、みたいなものがすごく伝わってきて、すごいなぁと思った。どこ目線やねんって感じだけど、うまく表現しているなぁ、というか。

………で、今HPで名前の漢字とか確認してたらルイくん先輩じゃなかった、とwwww
まぁじかよルイくんみたいなフレンドリーな先輩超モテるだろうなとか、恭介が永久と出会ったばかりの幼少期、今まで自分が同学年じゃいちばん上手かったのに永久に抜かされていく葛藤とかそれでも永久を嫌いになれないもどかしさとかもしかしたらあったのかもな~~~っていろいろ想像してたのにw ルイくん1年だったし恭介は先輩だった~!!!! まぁいいや仲良し四天王バンザーイ!

 

思ってたより泉里香の役(ナナセさん)絡んできたな~と思ったけど、それが全然邪魔とかではなくて、なんなら最後にちくちく(裁縫)してるとことかすごい可愛かった。やりたかった、そういうの青春~~!!と思った、そういうのやりたかったわ~!って。身近にこんないい先輩いて、あんな風に集まれる場所がある青春、いいなぁ。
レイナちゃんには全然関係ないところに彼氏いたらいいな。それこそ外国とかにいて「あれ、言ってなかったっけ?」とかってしれっと暴露するとか。何気にショックなルイくん。フリー仲間だと思ってたのに的なやつ。恭介パイセンは絶対女いるよね…外部の年上の女。高校受験のとき通ってた塾のバイト講師(大学生)と高校入って付き合い始めたとかそういうのください。まぁなんにせよとりあえず女いる。あっあんな態度で年下(犯罪にならない程度にロリ)趣味でもいいなぁ…………………。 ※全部妄想です。


この映画最終的にすごくよかったな、いい映画だったな、と思えたのは、やっぱり最後の作文があったからこそかなと思います。
太鳳ちゃんって、すごく自分の中に「自分をよくしなければ」って枷を持っている印象を受けるんだけど、その太鳳ちゃんが書いた作文(もちろん美月の気持ちで書いたけど、ちょっと土屋太鳳としての気持ちも入れて書いた、らしい)ということを知ってたので、それを踏まえて聞いてて、最初「春が嫌いだった」みたいなネガティブなワードから始まって、最後「春待つ季節を生きていく」でしめくくられる。それがすごくうまい、作品の締めとしてもよかったし、『春待つ僕ら』っていうタイトルに向かうための作文というのがすごくよかったなと思った。このタイトルは「待つ」の中に「その季節を生きていく僕ら」っていう、こう「待つ」だけじゃなくて能動的な「生きていく」っていう意味も含まれたものだったんだなぁと思える作文になっていて、美月の成長や青春の先の未来が見えるようなもの、そして土屋太鳳という女優の「高校生役の卒業」の作文みたいなものになっていて、とても素敵でした。春は変化の季節で、誰にでもいつか来るのかもしれない。そのために、いつか花開くために、準備をしている、努力をしている、そんな時間のことを「春待つ季節」だとすると「その季節を生きていく僕ら」は、未来や夢に向かって努力している僕ら、でもあるのかもしれない。

そして作文発表のあと、バスケの試合に美月が走って行って「がんばれ」と一言。そのあとに「みんながんばれ」っていう台詞があって、そこで「清凌がんばれ」「鳳城がんばれ」とか、「どっちもがんばれ」ではなくて、「みんながんばれ」っていう台詞だったのがすごくよかった。永久と亜哉、清凌と鳳城、「どっちもがんばれ」ではあると思うんだけど、「自分の殻に閉じこもって気付かなかったけどみんなそれぞれ頑張ってるんだ」って作文のあとに「みんながんばれ」って美月が発するのは、美月自身の中でも「みんながんばれ」って言える自分になったよ、っていうことなのかもしれないなと。永久や亜哉だけじゃなくて、仲間に入れてくれたルイや恭介や竜二や、他にもがんばってる人たち、「みんな」それぞれへの「がんばれ」。
それと、美月が初めて試合を見に行ったときの「がんばれ」って声は、スタンドの席で遠くの上の方から言っていた。対して最後の「がんばれ」は、試合してるみんなと地続きの体育館の床から、同じ目線からの「みんながんばれ」。ルイに話してた「同じ目線になりたい」に、作文のコンクールをやり遂げて、辿り着いた美月。同じ目線で、引っ張って行ってもらうだけじゃなくて応援できる自分(美月)になれてよかった。この展開と演出すごく好きでした。

 

最後、どこかでちょっと「これで試合まで勝ったらマジでリアリティなさすぎやな」って思ってたから、無事負けててよかった(笑) バスケって、波次第で結構競る瞬間ってあったりするけど、勝敗ってなると結構実力順と言うか手堅くいくのかなって思うので。実力っていうのは才能も努力もだし、亜哉以外の鳳城メンバーの青春だってこの試合にはかかってたと思うので、この試合鳳城が勝ってよかったなってすごく思いました。

 

見つかった大事なモノ=大事な人で、永久と美月はお互いに「君がいるから強くなれる」ような、そういう存在だったんだなぁと。でも亜哉と美月もそういう存在だったんだよね……亜哉がいた、励ましてくれた、あの過去があっての今の美月なんだよなぁ。
私グッズのスマホリング買ったんですけどね??これ映画観終わって思ったら、だいぶ亜哉との思い出やんけ?と。前売りチケットに鳳城タオルつけるくらいだしこの物語における亜哉の存在感よ………。ほんと、小関くんよく演じきったと思う!!頑張ったな!!!!!(突然の褒め)(小関くん、何事かと思うくらいお顔が小さくてリアル2次元スタイルなのすごい。うらやましい笑)
亜哉の、永久に対するあの飄々とした感じ、超上から目線な感じ、あれはアメリカで努力して努力して身につけた自信なのだと思うともうほんと亜哉ちゃん。美月の前に堂々と男として現れることが出来たのに再会の時点でのちのライバルと3人な亜哉ちゃん…!!!
でもあれ、フラれたのに「これからもそばにいるよ」はちょっとこわいよ! いさぎよく諦めろ!!(笑) 「守ってあげる」も個人的にはあんまり好きじゃないし、たぶん美月が亜哉を選ばなかったのはこういうところかもなぁと思ってしまったよ…守られたいんじゃなくて一緒に歩きたいんだと思うよ、同じ目線で……。ってそんなこと言っても亜哉ちゃんは美月が好きなんだし、仕方ないんだけどな…。亜哉ちゃんがその気持ちを持ち続けるのがしんどくなったら、誰か亜哉ちゃんをデロデロに甘やかして愛して幸せにしてあげてほしい。

 

最後の最後、永久と美月のキスシーンは何か妙に恥ずかしかった(笑) たおたくとしての2人、あの幼馴染みカップルのようでいてどこか姉弟感のあるご本人たちを結構見てたから、ほんとみょ〜〜に恥ずかしかった。お互いプロだろうから仕事を全うしただけなんだろうけど、中学生とかから知ってる人と8年越しに仕事してキスするって!なぁ!!!!なんか恥ずかしい!!!!勝手に恥ずかしい。そしてこれからたおたく見るたびに「こいつらキスしてんねん……」と思ってしまう…(笑)

 


原作少女漫画なので、リアリティという意味では少なくとも私の通ってきた高校生活とは全然違ったんですけど、夢を見るという意味ではあぁいう高校生活ってすごくいいなと思いました。成長とか、恋とか、あ~~~~いいな~~10代!!!!!!笑
北村匠海くんの声の良さについては前述したけど、太鳳ちゃんのお芝居の力もやっぱりすごいなと思った映画だった。太鳳ちゃんって実際は23とかで、高1の美月の年齢からは7個歳を重ねてるわけで、それが16歳に見える瞬間があるっていうのがすごいなと。女優の仕事として当然なのかもしれないしもちろん衣装とかメイクとか他の人の手が加わってることだとは思うけど、あの土屋太鳳の、磨いたらめっちゃ綺麗な、磨かなくても十分に綺麗な素地を、なんともこう野暮ったく地味な高校生に見せる顔つきだとか喋り方だとか、そういうお芝居ということに関してはやっぱり彼女はすごいなと。
あとまぁこんなこと言い出したらアレだけど、土屋太鳳に向かって「地味」って吐き捨てる磯村勇斗、っていう、構図すごいよな? おま、相手、土屋太鳳ぞ?っていう(笑) 顔面土屋太鳳に対して「地味」っていうラベルをつけようと思った、このキャスティングした人の感覚よ……まぁそれゆーたらキミスイ北村匠海も地味キャラだったけど…そういうものか…。

 

 

さてここからしばし、こじらせアラサー女のめんどくさい感想として、ネガティブな感想ちょちょっと書きますので、見たくない方はサーーーッとスクロールお願いしますね。
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永久が美月にタオルかけて抱きしめるシーン、あれ実際お互い好きだからよかったけど、あの時点で永久は「自分は美月のこと好きだけど、美月は自分のこと好きかどうかわからない」って状態のはずじゃん、本来。相手の気持ち分かってないはずなのにあぁやって公共の場(学校)で抱きしめるのはいかがなものかと。イケメンじゃなかったらセクハラやぞ??w
同じような観点で永久がよく美月の頭を触ってたんですけど(「素直でよろしい」とかね、もうこれに関してはスッキリで見たやつだなっていう感想になってしまったよね。これか、なるほどなって)、その突然頭を触るのに関しては顔面北村匠海だから許されんだぞ、いやちょっと北村匠海でも許されねぇぞ、って。まぁ美月が嫌がってないのが全てなんですけどね…? いいなと思ってる人に急にやられたらドキッとするなってのはわかるし、北村匠海くんの手は手フェチ的にかなりいい物件(?)なので、それで「頭にポンてする」っていう仕草としてはめちゃくちゃいいのだけれど。恋人同士でやるなら満点最高案件なんだよ~~JT~~~~!!!!
ただまぁ太鳳ちゃんが恋愛モノやるときのお相手との身長差は『青空エール』の涼真くんとのシーンしかり、萌え案件なんですがね。引いた画の時にすごくかがんでるのが見てとれると「こんなに身長差ある…よき…」ってなる。でもでもでもやっぱり、学校で急に抱きしめるのはちょっと……!!w
永久と亜哉が初めて2人が2人きりになった、まだ対決しないシーンのときに亜哉が美月を持ち出してめちゃくちゃ永久を煽ってて、その煽りに、美月の気持ち差し置いて2人で何言ってんだってちょっと思ってたんだけど、そのときは永久は「美月はバスケには関係ないだろ」って視点を守り続けていて私はその永久のスタンスがすごく好きだったので、それもあったからタオルの抱きしめシーンは、私が美月だったら「お前が強くなることと私への恋は関係なくね?」と思ってしまうな、ってなっちゃったんだよな~~~まぁ美月ちゃんはこんなこと思わないんですけど…! 個人的に、恋が部活(とか他のこと)の原動力になるのはすごくいいなと思うんだけど、その人のために頑張るってことを相手に伝えるのはなんかちょっと違う気がするんだよな~~~って。「人のために」は失敗したとき人のせいにする、って思ってしまう。
あと永久だけじゃなくて亜哉ちゃんが急にほっぺにキスした時も「何しとんじゃお前ぇぇぇ!」ってすごい思った。「そういうとこやで!?美月に嫌われる(※嫌われてはいない)の、そういうとこ!!!」って。アメリカ育ちだってことを加味してそれを入れるのであればもうちょっと早目に帰国子女感を出しておくべきだろうし…。
でも漫画原作ってすごく難しくて、もしかしたら端折ってることがすごくたくさんあって、私がこれまで上げた部分も、漫画ではもしかしたらそのバックグラウンドが描かれてたのかもしれないし。例えば亜哉ちゃんは美月だけじゃない人にもこうフランクに触れる、人に触れることに躊躇のない人で、それが彼の中で自然だっていう描写や設定があるのかも…。あるのか…??
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総じて『春待つ僕ら』いい映画でした!機会があれば原作も読んで解釈を深めたいと思います。明日から公開の『十二人の死にたい子どもたち』も感想書きます!きっと!

 

7,000文字オーバーお読みくださった方ありがとうございました!ではまた。

 

夢を絶たれるということ

純烈・友井さんの件、週刊文春のせいでまたひとりと、ひとグループと、そのファンの人生が壊れたなぁ、ととても気の毒になった。

 

前置きしておくが、私は純烈というグループをあまり知らない。
名前だけはTVでちらっと聞いたことがあったが、男性の歌い手であること以外の情報はほとんど持っておらず、紅白に出ると発表されたときにメンバーのひとりが元ジャニーズJr.であったことに関連して書かれていたブログを読み、少しだけグループについて検索した。「紅白を夢と掲げて活動してきたグループ」。私が純烈について知っていることは、本当にわずか。

それでも、今回の件でファンの方の心情を思うと自分まで落ち込んだ気持ちになった。共感性羞恥ならぬ共感性落胆みたいなものだろうか。


私はきっと「グループからメンバーが抜ける」ということにトラウマがある。
これまで応援してきたグループや、応援しているグループの過去にそういった出来事が何度かあって、そのたびに少なからず、好きで、自分の人生に関わったグループがその形を変えるとき、私の人生もどこかしら変化するように感じる。友人や他のファンの人の話を聞いたり、ブログやツイッターを読んだりしていても、芸能界の出来事は「ファン」にとってはほんとうに人生に影響を与えることなのだと強く思う。

 

グループを抜けるということは、「そのグループに属するその人」の死だ。
それが例え自殺だろうと自損事故だろうと、どんな理由であっても、好きな人が死ぬのって悲しい。

 

夢だった紅白に出て、これからまた頑張ろう、と思っていた本人たち(他のメンバー)も気の毒ではあるが、紅白に出て、知名度も多少上がって、これからいろんな楽しみがあると思っていたファンの落胆を思うとなんともやりきれない気持ちになる。

 

もちろん大前提として、犯罪はアウトだしDVは許されないし他人の金を使い込むのもよくない。
売れたから狙われたのであれば、売れなくてひっそりでも長く活動してくれたらよかったのになぁ、と自分なら思ってしまいそうだ。でも、売れないコンテンツはいずれ滅びるから、売れないとどちらにせよ、なんだよなぁ・・・・・・。とりあえず紅白直前に報道されて夢を叶えられぬまま局や他の出演者に迷惑をかけることになるよりはマシだったと思うべきかな……。とにかく、売れて狙われて晒されたら困るような過去があったことが、残念でならない。

 

どれだけ「仕事」を頑張っていても、こうやって過去のことやプライベートを晒されることで挫かれた夢がたくさんある。

犯罪はどんな素晴らしい仕事をしていようとやってはいけないことで、暴かれる意味もある。だから私に言えることは、言えるというか願うことは、「世間にバレたら仕事を辞めなくてはいけなくなるような行為をしないでほしい」という、ただそれだけだ。

 

週刊誌は、大勢の人の人生を壊して、不幸にして、秘密を暴いて、それがそんなに楽しいのだろうか。
誰が幸せになったんだろう。今回のような場合、AさんやBさんは救われた気持ちになるのだろうか。

 

最後に、今回はまだ「自業自得」といえばそうなのでただ残念と思うだけなのだが、犯罪でもないのに、ただ恋愛をしていることを勝手に撮って晒す熱愛報道は本当に本当に「知らなければみんな幸せでいられたこと」なので、本当に本当にやめてほしいと思っています。

 

とにかくもう本当に週刊誌で人生を狂わされる人がこれからひとりでも増えませんように。

 

おわり。

 

TAOTAKはいいぞ

いろいろと書く書く言ってたことをすっとばしてTAOTAKについて書く。勢いって大事。


本日2018年11月16日、土屋太鳳さんと北村匠海くんのユニット「TAOTAK」の配信シングル『Anniversary』が発売(配信開始)されました。

これがいい、とてもいい。

2人共演の映画『春待つ僕ら』の主題歌です。

TAOTAK | ソニーミュージック オフィシャルサイト


映画はおそらく部活を絡めた青春ラブストーリー。おそらくというのは原作や映画の前情報をそこまで入れてないからですすみません。私、少女漫画好きだし、実写化も商業的には必要なプロジェクトだろうから否定はしないけど、いかんせんここ10年くらいで少女漫画が映画化されすぎたのよ。そして、土屋太鳳ちゃんも可愛くて好きなんだけど、でもやりすぎたの、太鳳ちゃんに少女漫画のヒロインをやらせすぎたの!!!!!!!!!!!(笑) まじで広瀬すず有村架純と土屋太鳳に少女漫画界侵食されるかと思ったもんな?福士蒼汰山崎賢人中島健人置いときゃイケメン役はとりあえずOKでしょって思ってたでしょ偉い人…(笑) だから今もうお腹いっぱいかな〜〜!

………って、そんなことはさておき。

映画については観に行ってから感想を述べるとして、TAOTAKです。Anniversaryです。


そもそもこの『Anniversary』、ウカスカジーのカバー曲。

ウカスカジーは、日本の音楽ユニットである。メンバーはバンドMr.Childrenのヴォーカル・桜井和寿と、ヒップホップユニットEAST ENDのメンバー・GAKU-MCの2人で構成される。

ウカスカジー - Wikipedia

ウカスカジー | TOY'S FACTORY

原曲 ミスチル桜井ユニット楽曲、坂口健太郎出演のniko and…10周年記念ムービーに起用 - YouTube


ミスチルの桜井さんだってよ…。そりゃもうね…曲自体がとてもいいですよ…………。TAOTAKきっかけでこの曲を知ったけど、ウカスカジーの原曲もすごく好きになった。

個人的には「それよりも歌を奏でな」って言い回しが桜井さんっぽい!!ってなった、なんとなく。


歌詞がこう…楽しい可愛いんだよな。

「厳しい冬は去り」「今日はAnniversary」「きっと明日あたり」「激しい雨は止み」とか、「なんだろう」「あんだろう」「wonderful」「時間だろ」とか「好きに進め出た目デタラメ」とか、全体的に韻を踏んだ言葉遊びが超楽しい。

それに「厳しい冬は去り」がサビの曲が『春待つ僕ら』のエンドロールに流れるんでしょ…?何その上手い演出……。


とにかくもうベースとして歌詞も曲もすごくいい。

そこに土屋太鳳と北村匠海の歌声が絶妙なんですよ……。


土屋太鳳ちゃん、普段話してる声も綺麗なハスキーボイスみたいな、なんていうの、透き通った感じの声じゃないですか。それが歌う仕様になると透明度を保ったまま少しだけ密度を増した感じになって、すごく綺麗。しかも普段結構高めのイメージ、そのお顔の可憐さも相まって可愛いイメージだけど、男性である北村匠海くんと歌うことで曲全体的に低めの音程でそれがめちゃくちゃいいの…!丁度いい音程なんですよ、丁度いい声の音………。

そしてこれが北村匠海の方にも作用してて。

なんとなくこの音程歌いやすいキーなんじゃないかな〜っていうほんの少しの余裕を感じられる歌声な気がする。気持ちよく歌える音程なんじゃないかと。ん〜〜メロディが気持ちいいのもあるだろうけど。専門的なことはわからんけど、すごく気持ちよさそうな歌声だなぁと思う。基本的に匠海くんの声が好きでここまでハマったみたいなとこあるから、気持ちよさそうに歌ってるのこっちもすごい癒される。

 

で、この2人の声がめっちゃ合う…!!!!!!チーズとハンバーグか、ってくらい合う。カツとカレーかなってくらい合う。超合う。たぶん何かしらの波長が似てるんだと思う。(何かしらの波長とは)

1サビと2サビで主旋とハモリが入れ替わるんだけど、どっちもめっちゃいいの…どっちでも主役になれる声で、かつどっちもハモリになれる声なの…どっちがどっちをやってもお互いが活きるの……!奇跡か!カバーアルバムを出そう!!!!!!!!!!!!!!


や〜ほんまこの2人の声の相性が期待よりはちゃめちゃに良くて、ネットニュースで「ユニット組みました〜」って情報得ただけの時は「ふーん、映画関連かな〜」くらいに思ってたのに映像で歌声流れてきて ( ゚д゚)ガタッ ってなったもんな…。そこからMV発表がありつつ、今日の配信をほんとに心待ちにしてた!!個人的2018年のシングルヒット1位ですよ、超いいです。

これを結婚式で流したいがために結婚式したいがために結婚したいもんね、今。


そしてね、これがね、MVがはちゃめちゃにいいんですよ…………。GyaOで配信されてるんでとりあえず見てください…。

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可愛いの…土屋太鳳が可愛いの………。特に「Hey」と自撮りでぐるぐるーってしてるとこ。「なんだろう」で手腰にしてるとこも可愛い。「だけどラララ」で下向いてちょっとだけ切なげな顔してからの空見上げて笑顔とかもうほんっと美しい。女優としてずっと表現力磨いてきた人がこんなね…こんなエネルギーのある音楽に表情乗せちゃだめですよ……破壊力と浸透力がすごい。ラスサビの「笑っていたいから」の手ぴよってやるとことかさぁ!!あざと可愛いの最上級だわ!!!そりゃこんな子が推しの近くにいたらガチ恋勢はキーーッてなりますわな……可愛すぎるんだもん…。

匠海くんも格好いいですよ、ギター弾いてますからね。彼ね、ギター弾けるんですよ!!DISH//っていうバンドのボーカル兼ギターやっててダンスも出来るんです!趣味はカメラ!天は彼に何物も与えすぎです!!!!(その話はまた後日しっかり書く…。DISH//について書く書く詐欺続行中)

個人的にこのMVの匠海くんの好きなとこは冒頭の「Hey」直後に顔横に振る一瞬と、「ハイチーズ」の「ズ」のちょっとくしゃっと唇とんがらせた顔とピースの手のコラボですかね(細かい)(手フェチとしても彼は大変いい手をお持ちです)。あと間奏のスマホ見て微笑むとこ…。最後の太鳳ちゃんが笑ってる後ろにいて破顔して笑ってる顔も素敵。声で好きなのは「自分に勝つんです」の「す」かなぁ(だから細かい)。

 

最後のみんなでわちゃわちゃしてるとこはもうほんと…微笑ましくて可愛くてみんな顔が綺麗で(?)とっても目の保養…。太鳳ちゃんの撮った男子4人の集合写真、それグッズにしませんか?そのポラと合わせてパンフと一緒に売ろう……。(てかMVは配信とかDVDにならないんだろうか…映画の円盤に付けるパターンかなぁ……)

全体的に映像綺麗で、冬の透き通った空気と春のやわらかな空気の中間みたいな色合いで、美しいんだよ…。ありがとうTAOTAK………。語彙力の果てにあるのは感謝のみです。


や〜〜もういろいろ書いたけど全部いい。全部いいから。とりあえず見て。可愛いから。(また貼る)

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いやしかしさすがに小一時間1曲の延リピは頭おかしくなりそう、、笑

だからやっぱり2人でカバーアルバム出そう!!!!!!!!!!!!!!2人の歌声がもっといっぱい聴きたい!!もう大変お忙しい2人とは存じておりますが、太鳳ちゃんにそろそろ大学卒業させてあげて…と心から思ってはおりますがしかし、この件に関しては各位何卒よろしくお願いします!!!!!!!!!!(笑)

終わります!!!!!!!!

9/2『ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ』in滋賀県びわ湖ホール

面白かったー!!!!

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観に行ったきっかけとしてはドラマ『おっさんずラブ』で武川さんに惚れる→その中の人であるところの眞島さん舞台やってる→チケット探す→会場チケまだ残ってる→即獲得!という流れ。即断即決した自分グッジョブ!(笑) 行ける近場で取ったら偶然千秋楽だったのでおかわりチャンスなかったのはちょっと残念。もっかい観たらまた感想も変わりそうだなぁ。

 

物語の舞台は国会議事堂がすぐ近くに見える国会記者会館の屋上。5人の記者による、「マスコミと政治家」、「ジャーナリズムとは」という話。(で合ってる?)


すごく考えさせられるというか、世の「ニュース」を疑いたくなる物語だった。
5人の立場を簡単に分けると、「政治家と癒着組」「中立(迷走)組」「真実を求めるジャーナリスト(であろうとする人)」。偶然出てきた癒着の証拠を隠そうと取り繕う飯塚と秋月、発表すべきか迷う及川と小林、発表して真実を国民に伝えたい井原まひる

 

考えたことたくさんあるんですが、どう書いていけばいいのかわからないのでまずは印象的だったフレーズについて。(台詞は全部ニュアンスです)

・「いずれ発表されることをちょっと早く言ったからってそれが何になる?」まひる
ほんまそれな、ほんまそれ。私が最初に例として浮かんだのは芸能人の結婚とおめでたとかについてだったけど、ほんとこれだわと思った。普通に公式から聞いて祝福したい身としてはすっぱ抜き迷惑でしかなくて、そんなことするから結婚や恋愛が「迷惑かけること」みたいな扱いになる。「お騒がせしてすみません」て何で自分から騒いでもない芸能人本人に謝罪させてんの? 
そう考えると、政治家の人事(?)とかも、あらゆる事柄も、いずれ発表することをいち早く発表したところで結果も現実も事実も変わらないよなぁ、と。
ただ、この次の言葉にも妙に納得してしまったから、難しいなと思う。

・「スクープは後追いがあるから先駆けて出した人の名誉となる。後追いのないスクープは一人旅」(及川)
後追いがあるから先駆けが名誉、というのも確かになと。後追いは人々が“知りたい”ということだろうから。
でも、本来ならばその旅軸は時間を競うのではなく開拓であるべきなんだろうな。今は、早い遅いが重要視されて、いちど始まるとどの局もどの新聞も同じような内容の報道をして、同じものを叩く(ほめそやす場合もある)傾向が強い気がする。後述する演出の永井さんのポストパフォーマンス・トークに何度も出てきた言葉だけど、報道には「発表報道」と「調査報道」があると。日本は圧倒的に「発表報道」らしい。けれども、本来は「言いづらいことを報道するのがジャーナリズム」で、「調査報道」こそ報道なのではないか、と。今は先駆けの早い者勝ちみたいになってるところがあるけど、本来はスクープをきっかけに、いろんな側面からその出来事が調査されて、後追いによって多面的な情報を得られることが、いい旅の形なのかなぁと思った。

・「真実にはもう飽きた、そういう時代になったんだ」(及川)
これはこの物語の世界観を表す一言だと思う。ジャーナリストの存在は「知る権利」のためにある。でもその権利を行使する“人々”の知りたいという気持ちが真実を必要としていないのならば、ジャーナリストの信念は何のためにあるのか? 現実への無力感を感じるひとこと。

・「生き物としての人間は最後には真実に向かっていく」まひる
ただこれも上と対応して、また芯となる一言。真実は隠されようが飽きられようが、確実に存在していて、嘘で固めて隠しても、消えるわけではないし。


この話、ジャーナリストとして進むべき(進みたい)道の先頭にいるのはまひるだったけれど、全ての中心にいたのはきっと及川だった。
癒着の証拠を手に入れて、それを意図的に、または結果的に他の人に知らせて巻き込んだ及川は、ずっと迷っていたけれど結局最後、「諦め」の選択をした。彼は、信念としてはジャーナリストでありたいんだろうけど、会社、家族、世間、立場、人生、いろんなものがその信念の壁となる。小林は「諦め」よりも積極的に癒着の方に傾くけれど、彼にとっての壁はきっと生活。奨学金という借金を背負った身で、暮らしと正義感でかけた天秤は当然暮らしの方に傾く。「間違ってる」かもしれないけど、小林が「悪い」わけじゃない。パンフレットに「守るものが違う」という言葉があったけど、そういうことなんだよな。及川や小林にだけじゃなくて、飯塚や秋月にもそれぞれにきっと正義はあって、壁もあるんだと思う。
最後、及川が諦めて去って行った屋上でひとり、まひるがもどかしさに震えてタオルを振り回す。この“空気”を斬るように。まさに“誰も書いてはならぬ”、そんな空気。でも、空気は切り裂けなくて、空振り。ここから始まるのはきっと長い一人旅。うずくまって孤独な中で、一筋の光に気付く。手渡されたビデオカメラ、先輩からの言葉、「メディアを恨むな、メディアをつくれ」。最後に見たのはきっと「希望」。
まひるがうずくまってしまったとき、まさかこのまま終わるんじゃないかと、最後にただ現実をつきつけて終わるんじゃないかとヒヤッとした。だから最後にまひるが上を向いて、前を向けたこの終わり方でよかった。一人旅はきっとつらい、でも、希望が見えた。あぁよかった。
そしてこのときカメラを手渡しに来た秋月の気持ちを考えたくなる。彼女の中のジャーナリズムを託した? それとも「自分も変わろう」という意思表示?

 

及川は「真実にはもう飽きた、そういう時代になった」と言ったけれど、人々のその「飽きた」という気持ちさえ、政治家やマスコミによって操作されて向かわされた時代だったかもしれない。巧妙に隠して切り取って、飽きるような情報ばかりを流して、興味を失ったのをいいことに好き勝手して、「知ろうとしなかったそっちが悪い」と言う。…なんてことは普通にありそう。
実際私自身、政治について、その他の「本当は知らなければいけないこと」についてきちんと知っているとは言えないし、正直興味があるかと言われても微妙だ。毎日仕事や生活で大変なのに、難しい話は聞きたくない。けれど、そうやって知ろうとしないうちに重要なことが勝手に決められて、知らない間に生きづらい世の中になっていくことに恐怖も抱いている。頭に浮かんだのは、有川浩さんの『図書館戦争』シリーズ。これは言論の秩序を守るという大義名分のもとに「本を読む権利」を奪われた世界の話で、「どんな物語も、それを選んで読む権利がある」というような言葉が別冊に出てくる。この台詞はこの図書戦世界の正義についての根本的なことをついていると思ってるんだけど、これ、ある側面では“情報”にも言えるんじゃないかと思った。どんな情報も知る権利がある(もちろんプライバシーとかそういうのは守られたうえで、の話ですが)。
そして「知る権利」というのは、「知りたいことを知る」のと同時に「どの情報を受け取るのか選ぶ権利」でもあるのかもしれない。昨今、たとえば殺人事件の被害者についての情報や、災害が原因のトラブルに対する謝罪会見を流すマスコミに対して、Twitterでは「そんなこと私たちは知りたくない」という意見がバズるのをよく見かけたり、芸能人のスキャンダルなども「そんなこと知らなければ幸せに暮らせたのに」という類のものだと私は思っている(し、仕事をきっちりやっている社会人のプライベートを勝手に晒して悪趣味だなと単純に思う)。マスコミに勝手に「知りたいだろう」と決めつけられて流される情報が、たくさんある。そして、これは大学の講義で聞いた話の引用だけど、「メディアを通して発信されている以上、あらゆる情報はなにかしらフィルターがかかっている」ということも忘れてはいけない。そのフィルターは記者の感情かもしれない、原稿を書いた人の好みの言い回しかもしれない、アナウンサーの声色かもしれない。そして、受け取り手の気分によっても左右されることがあるだろう。情報が多いことは悪いことではないけれど、こちらの取捨選択能力が問われる社会だな、と改めて思った。

 

なんか長くなったけど、そのくらいいろいろ考えさせられる舞台だったってことです!ほんとに面白かった!!ここからはもう箇条書きでいきます!

 

◎終演後に行われた永井さんのポストパフォーマンス・トーク内容メモ起こし
・『空気』シリーズ(?)は報道に対するクエスチョンを描く舞台。ver.1もそうで、前回はテレビだった、今回は新聞へ
・作るきっかけは東日本大震災原発についての政府の発表(圧力・忖度・自己犠牲)
・「記者クラブ」は日本だけにしかない
・インタビュアーの方は「登場人物のモデルがなんとなくわかる」らしい
・↑このモデルの人には聞いてないけど、実際に記者の方に取材はした
・記者に取材すると、「記者クラブは必要」と言う。政治家との食事には「呼ばれたら行く、しかし批判だってできる」と言うけれど、まさに小林のように、でも実際そんなのありえない
・日本では政治家との「パイプがある」のが「良い記者」とされる
・エンターテイメントと、訴える内容のバランス
・実在の事件をモデルに(コピー機から見つかったあれこれ=“神の国事件”、この時代にコピーは当たり前だったけれど、今はメールで送るよね、というところから拡大コピーというアイディアに。ちなみに現実でも記者クラブではこの件に関して追及はなかった。)(ネット局が会館の屋上を使用したいと訴えた、これはYouTubeで言い合い?の映像が見れるらしい(笑))
奨学金のこともよくあること、キャップの離婚率も高いらしい。日本は発表報道だから、朝から晩まで「何かありませんか?」って(小林みたいに)。でもそのエネルギーを使った結果が「いずれ発表されることをちょっと早く」。(そう言われると意味あるのかなぁと思うなほんとに)
・キャスティングについて、全員はじめてのキャスティングとなる。まひるは安田さんにどうしてもやってほしかった、松尾さんはコラムニストとしても活躍されてて面白いなと思ってお願いした

・「桜木」という人物について
前回の時に、舞台としてTV局を扱うことになったけど、人が大勢いるところは(セットとか的に)無理、「誰もいない部屋」がない→誰かが自殺した部屋なら寄り付かないんじゃないか→その人物に語りかけるという設定にした。今回前作とのつながりを表すとともに、及川にまひるのことを信じてもらうきっかけとして「桜木」を再登場させた。
舞台を観て、話を聞いて、桜木さんはジャーナリズムの心がまっすぐすぎてポキッと折られた人なのかなとなんとなく思った(前作観てないけど)(観たい)。

・「真実にはもう飽きた」という台詞について
当初は「真実なんてどうでもいい」と書いていた。でも違うなと。どうでもいいのではなく、見てもつらい真実なんて見せないでと思っている心がある、どうでもいいのではなくて見たくないと思っている人もいる。それで「飽きた」という言葉にした。

・メディアの希望とは?
ジャーナリスト個人の良心や表現の自由を守る「システム」にあると思う。今は編集権が経営者にある。そりゃ癒着もおきる。ジャーナリスト個人を守れるようなシステムを整えていくべき。

・シリーズ化は? →考えてみたい。

 

◎お芝居とか役者さんとかについて
・安田さん、この人まじで「茶目っ気」出させたら天下一品だわ……。眞島さんとのやりとりのシーン、双眼鏡で2人見てて、いつの間にか(今回の推しである)眞島さんより安田さんを追ってた自分いたからね、可愛すぎて。そのシーン眞島さんも手パタパタしてて可愛いシーンだったのに見逃したからね。そのレベルで可愛い。すごいです。
・柳下くんな、可愛かったな、役が可愛かった。奨学金な、それな、ほんとそれ。
・飯塚と秋月の2人のやりとり面白すぎた。「本当の!思いやりは!拡大コピーじゃない!!!!!」松尾さんも馬淵さん最高…(というか馬淵さんもう39なの!? 眞島さんとタメ語で話せるような関係の役だったからどれだけ逆サバ読んだ役だと思って調べたらご本人39!? 未だにGTOの娘役のイメージ強すぎてやな…笑  しかしめっちゃ綺麗かった、そして上手かった……。いや「上手かった」って誰目線やねんって感じなんだけど、ほんと達者だなぁと思って。すごい「上手い」と思った。あとほんとに可愛かった。)

◎そして満を持して(?)、この舞台を観るきっかけとなった眞島さんについての感想。語彙力のなさがわかる、ただの思ったこと殴り書きです。

・声がいい。やばい。付けてるの見えなかったけどマイクあったのかな、たぶんあったんだろうけど、割とナマ声っぽい調整にしてあったのか、テレビとかで聞くよりクリアな感じで聞こえてめちゃくちゃ美声だった。まじで声がいい。惚れる。惚れた。
・いやイケメンか? 知ってた。知ってたけど。
・なぜか右足だけ、靴下とスラックスの間に覗くわずかなナマ足…(笑) いやほんとに、座っても体育座りしても、な~ぜ~か右足だけチラリズムしてんの、何、謎すぎる。でもそこがいい。(?)
・背中が…広い……! 肩幅が広くて腰が細くて、めちゃくちゃ抱きつきたい後姿だった。あの肩幅はずるいですわ、逆三角形のお背中…眼福。
・手が思っていたよりふっくらしていて、肉厚だった……。腕とかもこう…割とがっしり……。よい、大変よろしいでございますよ…。
・髪はふわふわしていた。ふわふわしていた。(なぜ2回言った)
・パパモードの及川さんたまらん可愛さだった。ギャップやばない? 人が来て急に低い声になって「じゃあな」って電話切ったところイケボすぎて表情もキリッとイケメンすぎていろんな落差にHP削られまくった。この人やばいな?
・カテコでみんなで手繋いでおじぎする時に、眞島さんとその左隣にいた馬淵さんだけ「ばんざーーい!(おじぎ)」ってしてたんだけど他の人「ばんざーい!わーーー!」みたいな感じで手繋いだまま振ったりしてて、眞島さんと馬淵さんだけ先におじぎしちゃった形になってそれに気付いて“タイミングはやかったww”みたいにくつくつ笑ってたのか可愛かった。笑う時肩が上下に動くの可愛い。
・最後に演出の永井さんが出てきたときの拍手が指そろえて寝かせてパチパチしてて、なんかこう男の人の拍手っぽくなくて“パチパチ”って感じで可愛かった。
・カテコの最初何回かは上手下手両側から出てきてて、最後だけみんな右側に帰って行ったんだけどその最後のときハケる方向「あっち?」みたいに指差してたのが可愛かった。(もう可愛いしか言っていない。)ちなみに最後の最後にハケたのが柳下友くんで、ペコリってしてたのも可愛かった。


◎まとめ
メディア、マスコミ、「知る権利」、いろんなことを考えさせられる舞台だった。私が情報論とかをとっている大学生だったらこの舞台を発端にして知る権利をテーマに卒論書いてた。まさか実在の事件を元にしてたなんて、レポートの書きがいがありすぎる……(笑)
でも決して小難しい話ではなく、本当に面白くて、笑えて、いろいろ考えてもいいし考えなくても楽しい、そんな舞台でした。地上波では流せない内容だろうけど、普通に2時間ドラマとかにしてほしい気軽さもある感じ。いい時間でした!

役者ファンであることはあくまで「きっかけ」としたくて、「物語」が好きだから、役者さんを観に行く、ではなくてそこにある物語を受け取ってきちんと咀嚼できる人でありたいと改めてそう思った。(でも売れてる役者使って興行上げるのも大事!ビジネスばんざい!お金は大事だよ!) 今回もとても素敵な作品に出会えました。眞島さんありがとう。

 

あーーでもびわ湖ホールはほぼ京都だなやっぱり。

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(いつ見ても変わらないのに毎回行くたびに撮ってしまう京都タワー

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(うん十年ぶりにファンレターを書いてみたが差し入れBOX的なものがなかったので届けられぬまま帰途につくスナギツネちゃん)