久しぶりに

3ヶ月ぶりに更新してみます。

とはいえ、下書きに、ものすごくたくさん、いろんなものの感想やら何やらを書いては保存し、公開せず、たまっています。

 

それはひとまず置いといて、ちょっとだけ、暗いかもしれない話をします。

 

先日、遠方の友達と連絡がとれなくて心配したことがあった。ここで話題に出すのは不謹慎かもしれないが、丁度、雨宮まみさんの訃報が発表された頃合いだった。人が突然いなくなることをいつもより現実感を持って考えてしまって、友達の身に何か起こっていたら私はどうするんだろうか、今こんな遠く離れた地で何が出来るだろうかと真剣に考えた。

結局その友達は体調が悪くて連絡が返せなかったとのことで、ひとまず連絡がついたので、体調が悪いのは良いことではないけど、とりあえず、よかった。

 

高校の時、同じ学年の子が、事故で亡くなったことがあった。その子のことをよくは知らなくて、単に○○部の子、くらいの認識だった。

たまたま亡くなる前日に、下校時間が重なって、下駄箱でその子がペットボトルをゴミ箱に放る姿を見ていた。次の日の登校中に訃報を聞いて、半信半疑で学校に着いたら、まだ昨日のペットボトルがゴミ箱に昨日のままの状態であった。

こんなにも、今この世界は昨日の続きのままなのに、あの子はもういないなんて、まだ信じられないけどでも、人の命ってなんて儚いんだろう、というようなことを思った。高校生の私には、こんな風に言葉にできなかったと思うけど、でもどうしようもなく切なくなったのは覚えている。ペットボトルを放った背中と誰よりも早く着ていた夏服の姿をなんとなく今も忘れていない。

その時の全校朝礼で校長先生が苦々しげに言った、「親より早く死ぬな」は、ある種人生のテーマみたいになっている。

 

私はずっと、余命を宣告される死に方がしたいと思っている。でも、宣告された余命があまりに短かったら、絶望的な思いをして、悲しんだり、苦しんだりするのだろうか。

突然死ぬことが怖いんだけど、死んでしまえば感情もなにもないわけだし、恥ずかしいこともないのかしら。

 

話が逸れてしまった。

何がいいたかった、ということでもなかったので、中途半端な終わり方になってしまうのだけど、最近こんなことがあって、死についてちょっとだけ考えてしまったよ、という話でした。

 

次は舞台とかの感想書く…!(これずっと言ってるやつ)

 

 

 

 

SMAP解散に寄せて

まさか「SMAP解散」が本当に現実になるなんて。

「解散する理由がない」とか、「ずっとSMAPでいれたら」みたいなことを言ってたことを私は知ってる。それらは過去の、不和が起こる前のことだったから、ということだとして、でも1月に騒動があった時に一度「解散しません」という結論になったのではなかったのか。

やっぱりここに来て、だなんて、残酷。SMAPを好きな全ての人に、残酷な結果すぎる。

 

SMAPから語られるSMAPへの愛や未来はもう過去かもしれないけれど、それを信じてた気持ちは現在進行形だった。

人の気持ちなんてころころ変わるし、どれだけ信じ合ってても、たった一言で、一瞬で、それが崩れることはたくさんある。私たちには一生理解も体験も出来ない、5人(6人)だけで共有してきたSMAPという人生を、終わらせようと、終わらせたいと、思った何かが起きてしまった。何百万人受け入れたくないと思う人がいても、これが現実で、未来に絶対はないけどおそらく、2016年が終わると同時にSMAPの5人は元SMAPの5人になってしまう。

 

いかにもテンプレートの文面を継ぎ接ぎしたような「メンバーからのコメント」には違和感しか感じなくて、そしてこれらのコメントには1月の謝罪生放送の表情が思い出される。生気のない顔で、ただひたすらに謝罪をしていたあの不気味な放送。

今回の“謝罪”は、過去の発言を覆す結果になってしまったことへなのかもしれないし、真実を正直に言えないことへの謝罪なのかもしれない。悲しむだろうファンを慮ってのことかもしれないし、影響を及ぼす関係者へかもしれないし、その全部かもしれないし、どれでもないのかもしれない。

 

私は明確に強い意思を持ってSMAPを応援していたわけではない。そういう意味ではSMAPファンではない私が言うのもなんだけど、でも、思うのは、謝罪しなきゃいけないような結果にSMAPに進んでほしくなかった。解散という結果になるならそれぞれの幸せのための解散であってほしかった。

あと「メンバー数名」ってなんですかね。全員が納得してない答えを受け取らされるってなんなの。こちら側が納得できるものを提供しろなんて我が儘言わないから、せめて当事者たちくらい納得した結果に進んでほしかった。

 

一時代を築いたグループの最後が「諦め」でくくられることが悲しい。悔しい。残念で、無念だ。

 

1月、私はこんなことを呟いていた。

SMAP解散、全然してほしくないけど、もしほんとにしたら…って考えてたら、「自分が生きてる間に地球の終わりに立ち会うなんて夢にも思わなかったな…」みたいな、絶望によく似た感慨深さがあった』

 

今年28歳の私は、SMAPのいない芸能界を知らない。SMAPのいないアイドル界を知らない。SMAPがいなかったら、SMAPに憧れてジャニーズに入ったアイドルはみんな居なかった。SMAPがなかったら、、今の世界はこの世界じゃなかった。

これからどうなるんだろう。SMAPじゃない5人はどう生きていくんだろう。芸能界は、アイドル界は、ジャニーズ事務所は、どうなるんだろう。

 

在って当たり前なんて何一つないんだと強く痛感している。一生に一度はやってみたいことリストの中の「SMAPのコンサートに行ってみたい」は永遠に叶わなくなってしまった。

信じるのがこわくなるな、というのが、率直な今の思い。これから、こんなことがあるかもしれないと怯えながらファンをやっていくのか、と。内くんのときも、KAT-TUNの時もNEWSの時も思ったけど、今回の恐怖はまた特別にダントツに、大きくて暗い。

好きでいるのが、こわくなる。ファンであることは誰に強制されてやるものでもないから、やめたければやめればいい話なんだけどね。好きでいる、好きでい続けるって、こんなに難しいことだったんだなぁ。

 

本当に本当に残念だし今「盛大なドッキリでした」って言っても許すから嘘にならないかななんてアホなこと考えてるけど、部外者でしかない一般市民はとりあえず、

SMAPが存在していた世界に感謝するし、

これまでのSMAPに感謝するし、

これからの5人が「あの時解散したの、まぁよかったんじゃないかな」くらいに思うような、“正しかった選択”になってしまうような幸せな人生を歩めますように…!と、願っています。

 

乱文ですが吐き出して消化したかったので書きました。

おやすみなさい。

 

 

MARS観てきた

拝啓 藤ヶ谷担各位

生きてますか?

 

突然何を言い出したかとお思いでしょうが、映画「MARS〜ただ、君を愛してる〜」の感想です。これ観た藤ヶ谷担、生きてる??笑

 

「ただ君を愛してる」と言えば大塚愛世代の私ですが(どうでもいい)、やーーー、なんといいますか、藤ヶ谷担生きてる〜!?!?!?

私藤ヶ谷さん担ではないのですが、これをやられたらさぞ、キュン死ならぬドキドキ死するだろうな〜〜などと思いました。

大画面に溢れ出す美と狂気の宝石箱…。

ガヤ様の真剣な顔、泣き顔、怒り、笑顔、…大画面で堪能できてとても充実していた。あんな美しいベッドシーン見ちゃって…い、生きてる??(語彙力)

 

窪田くんの狂気は、とにかくもうすごいしか言えない。爆発的に狂って壊れていく瞬間と、とっくに壊れてて淡々と話す一言のテンションの落差もすごい。ドラマから観てたけど、映画観終えてからだとドラマ前半の優しさ逆にこえぇよ〜〜ってなる。あれ一応高校生設定でしょ?こんな高校生…こえぇよ。(あと、50回くらい頭の中で、ライト〜!いやむしろキラ〜!!って叫びました。デスノートの方ね)

最後の「ぼくのものにならないならいらない」「あぁつまらないなぁ」の目の死に方もすごかった…ほんとこの映画、窪田正孝の真骨頂詰まってた…。

 

零がキラの過去を知った後、晴美と話すシーンがすごく良かった。「俺も散々女遊びしてきたんだもん」って、キラを理解できず、寄り添える自分でもなくて苦しんでるところがものすごく人間らしい零で、このシーンではじめて“まだ高校生なんだったそういえば”と思った。大人になれば、受け流したり、感情の部分で解らなくても頭で解釈することは出来るけど、それが出来ずに葛藤してるところが若さゆえなのかなと。まっすぐキラを想ってる零なのが伝わったし、晴美が微妙な距離あけて座ってるのも良かった!!晴美!好き!(好きな人の恋を応援する系のキャラは男女問わず好きになる笑)

 

そして予告でも話題だった(?)、ベッドシーン、大変美しかったです〜!!!それでもって2人で迎える朝のシーンがまた。にじゅうまる。

これまでの私の最高朝シーンは「プライド」の木村拓哉さんと竹内結子さんだったんだけど、それに匹敵するくらい美しくて可愛くて美しかった…。

情事の後(言い方)から、飯豊まりえちゃんがぐっっっっっと可愛く綺麗に見えた。あの解き放たれた笑顔、演技にしろメイクや照明の演出にしろ素晴らしかった。ほんとに可愛かった…。

 

あと達也が、サブキャラでありながらいちばん最後に零をすくい上げる役だったのすごく良かったな〜。あの「それってまともじゃね?」は、零を昔から知ってる達也が言うから良かった。キラと出会って零は変わったのかもしれないけど、本質的な、変わらないところでもちゃんとまともだって言ってくれてるみたいだと思って。

「友達と思ってたヤツ好きになっちゃった」って言い方も可愛かったし、晴美が零のこと好きだったのも知ってるだろうし、それでも零と一緒に居て晴美に頑張ってて、あ〜達也いい奴〜!!好き〜!(笑)

この映画、晴美と達也をすごく好きになった2時間だった(笑)

 

途中の砂浜のシーンで岡崎体育さんのMUSIC VIDEOの「とりあえず目的もなく浜辺を歩け」が脳内流れてきたのと、

砂のお城めっちゃ力作wwwwww

ってのが面白かった以外は大変美しく、演技も素晴らしく、良い映画でした。

 

 

最後にTOHOシネマズ様、

シネマイレージウィークをもっと宣伝しておいてほしかった…!!

会員ならいつの時間帯で観ても1,100円なんてこんなお得なことある!?この土日ひましてたよ!?これから毎日会社帰り通うよ!?レイト通うわけにいかんけど、定時終わりで間に合う時間帯が1,100円なら通うよ!?最近観たい映画たくさんあるよ!?

ということで、24日までこのキャンペーンやってるらしいのであと1回くらいは何か観たいと思います。

 

あ〜〜美しかった!満足!!勢いで感想書いてみたら書けた!それも満足!

美しいものを見ると心も清々しくなって健康にもよさそうですね!ありがとうMARS!みんなも観て癒やされよう!!(笑)  

 おやすみなさい〜

 

戯れ言

書きたいことも書きかけの記事もたくさんあるのに、なんか更新できない日々が続いている。

劇的に人生を変えるような出来事が起こらないかなぁと思いながら、でも今よりも生きづらくなるような変化は嫌だなぁと思ったり。

ネガティブの上にポジティブを後天的に育てたような性格をしているので、前向きになろうと思えば意図して前向きになれるのだけど、それに時々疲れたりする。

部屋を片付けたり、積んである本を読んだり、せっかく買ったDVDを観たり、いろいろとやることはあるのに、また今日もだらだらと過ごしてしまった。残念。

 

明日で今週も終わりだ。とりあえず、とりあえずちゃんと会社に行って働こう。

全て戯れ言。

おやすみなさい。

思い出のアルバムめくり

翌日にライブを控え、冬に買ったアルバムの特典についていたライブDVDをようやくデッキに入れ再生した。
ボーカルの後ろで全力で口パク(?)してるドラムの人が面白いな〜とか、そういえば今更だけどメンバーの名前ちゃんと知らんな〜とか、調べてみたらそこで初めて彼らが自分と4つしか離れてない比較的同世代の人たちだったことを知って衝撃を受けたりとかしながら、楽しく鑑賞していた。

8曲目。「春を歌にして」
イントロ聴いた途端涙が止まらなかった。

私がbacknumberを知るきっかけであり、この曲を聴きたいがためにまだ通販などあまり慣れてない学生なりにAmazonでミニアルバム「逃した魚」を購入した思い出のある1曲。
自分のことなので当然ながら、アルバムを購入する程この曲にひっかかったことは記憶していて、それはその頃の出来事にこの曲の歌詞がリンクしてたから、っていうありがちなもの。


ここにも書いた、後悔の記憶。
今になってまだ、思い出したら泣けるものなのか。自分でもびっくり。

思い出すのがしんどいから、この曲はあんまり聴かないようにしていたのもある。
だからなのか、久々に聴いていろんなことを一気に、鮮明に、思い出した。

どれもこれも共感する歌詞だけど、
会えないとゆう事よりも何よりも  悲しいのは君が僕に会えなくても平気ってゆう事
このフレーズには号泣する。
必要とされないって悲しい。

この曲は
本当に大切にしなきゃいけないものに気付き始めたから
って、この1文でほんの少しだけ未来に進む。
私はまだこの「本当に大切にしなきゃいけないもの」を、見つけられていないような気がしてる。でもあの頃、「10年後に笑えてたらいいな」とか思ってた“10年後”まで、あと数年。
幸せになりたいなぁ、がんばらないとなぁ。

私は昔から自分に「がんばろう」ってすぐ言うけどなかなかがんばらずここまで来てる感があるので、本当にちゃんとしたいものです笑

思い出のアルバム時々めくって、初心忘れず、でも今を楽しもうと思います。

おしまい。

シャンデリア

シャンデリア


逃した魚

逃した魚


夢で逢えたら - 充電期間ログ(2%)

「1ヶ月」が、長かったのか短かったのか全然わからないけれど、未知の時間が1ヶ月過ぎた。自分の生活環境が何か変わったわけではないから普通といえば普通に過ぎた。Twitterのタグ名人に大いに楽しませてもらってるうちに過ぎ去った。こうして少しずつ充電期間が経過して、その終わりに近づいているのだろうか。そうだといいのだけど。

まだ充電期間に入ったばかりの5月4日、私はこんな夢を見たらしい(下書きに残ってた)。

NEWSの番協に参加してたらKAT-TUNに会った。少プレみたいなホーム感ある雰囲気の番組で、なぜかKAT-TUNは寝起きでヘリで連れて来られて我々の前にサプライズ登場。
屋形船のような、座敷の狭い空間にNEWSと連れて来られたKAT-TUNと、少人数の客(自分たち)がいて。
亀梨さんが自分の前を通った時に「お疲れさまです」ってつぶやいたらちらっとこっち見たのか見てないのかくらいの一瞬だけどさらっと「ありがとーございます」って小さく言われたのを一生の宝物と思った。
なぜだか番組の終わりかけに聖が通販みたいなパロディ(?)で登場して、思わぬ再会に泣きそうになったけどKAT-TUNが笑ってたから自分もこらえて笑ってた。
KAT-TUNは寝起きでつらいって言ってた。たぶんタメ旅の衣装を着ていた。

結局何の番組だったんだか、そもそもがよくわからない夢だったけど(私は普段の睡眠時あまり夢を見ないタイプなので見たとしたらこんな支離滅裂なやつが多い)、KAT-TUNKAT-TUNとして存在してて、目覚めたときにあぁ尊いなぁと思った。

夢でなら、KAT-TUNと3人は再会できるのかなぁ。

6人が自分の道を歩いてることに、何の恨みも辛みもなくて、悔しさも私は正直そんなになくて、ただ寂しいなぁと時々思う。
いつか会えるかもしれないし、プライベートでは普通に会ってるのかもしれないし、会えなくたって6人の繋がりは繋がりのままなのかもしれない。
だけどとりあえず1回きりでいいから、こうやって寂しいなぁって思ってる我々の前にまた6人の姿を見せてもらうことは出来ないのかなぁ。「集まったよ〜」って話だけでもいい、その現実を、教えてはもらえないだろうかねぇ。

はい、以上ながーいひとりごとです。

まだ1ヶ月! たたかいは、これから。
f:id:lacht:20160602231635j:image

物語は続くと信じてる - 充電期間ログ(1%)

KAT-TUN充電開始から早20日。
未だにオーラスのレポやKAT-TUNに対する思いの丈を綴ったブログ・ツイート等を読むと迂闊に泣く私です。KAT-TUNド新規なのにすぐ泣くうざいやつ。

時は遡って4/30は、参加してもないライブのレポを読んでは家で号泣していました。5/1は遅れた電車を待つため駅で立ち往生しながら、涙目でレポを漁ってた。怪しいよね。
上田さんが幻のたぐちくんを生み出し、「ここにいるだろぉ!?見えねぇの!?」と言い放ったり、それに「気を確かに」とつっこむ中丸さんだったり、オーラスは幻と両肩を組む亀梨さんだったり。こんなことされたらさぁ…泣くしかないじゃない!?楽しいけど泣くしかないじゃない。

亀梨さんの挨拶で6人全員の名前が出たというレポを読んだ瞬間は「ぅわぁぁぁん。゚(゚´Д`゚)゚。」って子供みたいに泣いてたかもしれない。後日ワイドショーやシューイチ、少プレでオーラスのこの映像を何度も見たけど、何度見てもギュッときてうるっとする。「過去」っていう氷の魔法を解いたみたい、って誰かが言ってたけど、本当にそうなのかもしれない。ファンタジーの世界だと一度かかった魔法を解くのって熟練の魔法使いしかできない難しい技だけど、亀梨さんは見事にやってのけたね。

亀梨さんの挨拶には「KAT-TUNでいなきゃ、いたい、KAT-TUNの亀梨を好きになりたい」という言葉もあったそう。
私がいちばん胸がギュッとなったのは「KAT-TUNでいなきゃ」。
やっとデビュー出来てこれからというときに、隣で同じ景色を見ていた赤西さんがグループを一旦離れることになり、比較的早い段階、比較的若い時から、亀梨さんは「KAT-TUNを続ける」「やめる」「離れる」って選択肢をひとつずつ考えて選んで、そのたびに責任をしょって歩んできたのかなと思う。
この人が背負ってきたもの、背負っているもの、背負おうとしているものはどれだけ大きくて重いのだろう。どこまでもいつまでもKAT-TUNを応援したいのに、見続けていたいのに、どこかで、解放してあげたくなる。私個人にそんなことできはしないのだけれど、それはわかっているのだけど。もし辞めるとなったら悲しくてたまらないだろうし、なにより、「KAT-TUNでいる」と言ってくれている確固たる現実があるからこんなこと言えるんだろうけど、それでも。それでも、続けてほしいと願うことが重荷になりはしないかと、考えてしまうことが時々ある。本当に本当に、「幸せ」になってほしい人なんだよなぁ。

ただ今KAT-TUNが「戻ってくる予定」と言ってくれている以上、待っていたいし、待ってるつもり。幸せを願うことで、自分に何が出来るだろうと考えると結局、今の生活の範囲で、自分らしく応援していくしかないのだなと思う。
私は私の人生を選ばないといけないし、放棄できない。それはきっと、彼らも望まないはずだ。結局のところ他人と他人なのは、アイドルとファンでも、仲間同士でも、変わらない。自分の人生は、自分で生きていかないと。

前に進むということは、過去を忘れることでもなかったことにすることでも、避けることでもなく。
見つめて受け入れて、なんとか消化して
それもムリならそのまま抱えて、積み重ねたものと一緒に登っていくこと。抱えて歩いていくこと。
そういう生き方を選んで、この世界でその場所で生きていくんだな
またひとつ選んだ道を、後悔しないための未来を作る覚悟。3人ともそんな覚悟を持ってるんだろうな、と、そんな風に思いました。


そして、↓こんなお話を描けるファンを含めて、KAT-TUN大好きだなぁと改めて思ってます。やっぱりグループ名に入ってるハイフンの名は伊達じゃないな…。


正直私はこのお話を読んだ時、どのレポ読むより泣いた。3人の抱き合った姿より涙より、どんな言葉より。
このお話には彼らの物語が詰まってた。彼らを愛した人々の思いも。

誰も悪くない、誰も悪くない
だからこのさみしさをどこに向ければいいのかわからない。そんな気持ちになる。
きっと明日は笑えるだろうし、彼らのことばかり365日24時間考えてはいられない。私にもきっと他の人にも、生きる現実がある。彼らにだって、ある。
だけど本当に心から、
幸せになってほしい人たち。
そう願う心は嘘じゃない。

6人だったことも5人で探したことも4人で乗り越えたことも3人で決断したことも、いつか全部受け止められるようになりたい。全部好きになれたらいいな、そしてほんの少しでも支えになれたらいいな。
心から、そう思います。

碇を上げるその日を待ってる
だからゆっくり休んでね
でも無事に帰ってきて
生きていて この世界の中で 生きていてね
お願い

そんな手紙を書きたい気分。

私もお前らとKAT-TUNが大好きだーー!!!


何か思ったこと、思ってたことの下書きをつらつらまとめたらまとまらなかったけど、
とにかくとにかくKAT-TUNがすごく好きだって毎日思ってるなってことです。

今日も生きててありがとう!(何)
明日もいい日になりますように。

f:id:lacht:20160520235002j:image