朝井リョウ『武道館』を読んだ

 

武道館

武道館

 

 

アイドルのお話。

読んだ後すぐは、心の中に墨一滴落とされたみたいな、じわじわ滲むもやっと感が残っていた。そうなればいいなという理想と、そうはならないだろう予感。アイドルの選択。ファンの選択。アイドルの人生。ファンの人生。


すごく考えさせられる面白い小説だった。

作者はインタビュー等で“アイドルはもっと人間らしくていい”ということを伝えたいと言っていた。本当にその通りだよなぁと思う反面、アイドルを摂取して誰の目にも止まらない日常を生きている一般の私たち側からすると、アイドルに不純物は入って欲しくないみたいな気持ちが生まれるのもしかたないよなぁと。どちらかの2択なら、作者は既に“アイドル側”の人間だ。光を浴び、大勢の人に名前や顔やある程度のプロフィールを知られ、感謝その他様々な感情を投げかけられる“代わりのいない一人”の側だ。私たちは違う。私は違う。これからもきっと違う。光を浴びる人たちに一方的な感情を抱き、私にも私じゃない人にも投げかけられる「ありがとう」を受け取って喜ぶ側。だから、“アイドルはもっと人間らしくていい”と、“応援している彼ら彼女らに幸せになってほしい”と思うと同時に、その幸せにショックを受けたりもする。

「アイドルも同じ人間」という事実と、「同じ人間だけど全く違う世界で生きてる」という事実が混ざってぐるぐるといろんなことを考えてしまう。

 

私はずっと、「アイドル(芸能人)の恋愛は好きにすればいい、でも隠したいのならバレないように行動しろよ、できないなら恋愛するのやめとけよ、そしてバレたならちゃんと説明しろや」と思っていた。バレてるものをなぜそんなに隠そうとするのだろう、はっきりYESNO言ってしまえばそれ以上追求されることもファンが本当かどうか迷いながら悶々とすることもなかろうに…と。

人生をかけて応援しているのに本当のことを知れないのは寂しい、むしろこっちだってそんなに馬鹿じゃない恋愛くらいでファン辞めるような心意気で応援してない、でもひとたび事件や不祥事やらで彼らが表舞台から姿を消したらそのたったひとつの選択でこっちの人生まるごと変わってくる、……いろんな、いろんな思いが混ざり合う。アイドルも人間だが、こっちだって人間だから。“アイドルがアイドルじゃなくなった後も生きていかなきゃいけない”けど、こっちだって“もし人生をかけて応援しているアイドルがいなくなっても生きていかなきゃいけない”んだから。

ファンであること、に人生を賭けてる人がいるということをアイドルが背負わなければならないとしたら、その肩にはどれだけの夢と人生を背負ってるんだろう。果てしない。

 

だけど、ファンが何を考えていたって、結局アイドルたちの選択にファンは関わることが出来ない。それはもう圧倒的な現実である。愛子が大地を選んだ瞬間。碧が会いに行くと決めた瞬間。

考えてみればごく当たり前だ。アイドルとファンだろうが、友達同士だろうが家族だろうが恋人だろうが、人と人との関わりで、他人が他人の行動を思い通りには出来ない。

それでも、いくら嫌だと思っていても結婚されたら手出しは出来ないし、いくら世界でいちばん誰よりも好きだと思っていても、それは届かないし報われない。報告された事実を認めるしかない。祝うしかない。諦めるしかない。離れるしかない。相手の人生に関わる以外の選択のどれかを選ぶしかない。

こんな、死ぬほど好きな人に関われない寂しさと悔しさ。それが“異物”を願う魔物を生んだのかもしれないと思った。

 

もちろんこちら側が甘えている部分も多いと思う。ビジネスとして、人と人との関係として。

確かにお金を稼ぐのは大変で、その大変な思いで稼いだお金を結構な額遣っていたとしても、“誰かの人生を制限する”ことは許されることなのか。正しいことではない、と思う。

自分の恋愛事情なんてプライベートなことを世間という何万人何十万人に晒されるってほんとに怖い。だけどそれを“表舞台に立つ人の宿命”だときっと誰かが言い出した。光を浴びるのだから、闇も知れと。そしてそれが成り立ってしまった。成り立ってしまったものを壊すのって、きっと難しい。安易に人の幸せを祈りながら、どこか不幸を願ってたりするんだろうな。

最初から「プライベートなことは知られたくありません。聞かれても答えません、あなたたちに言う必要ありません、仕事とプライベートは別です」というスタンスを提示する事務所があればいいのにね。芝居や歌や顔の美しさやトークの面白さだけを売ってお金を貰う、正しく“商品”であり、それがまかり通る世の中になればいいのになぁ。それが朝井さんの言う“人間らしくていい”ということならば大賛成である。

 

私が考えてこうして書くことで世間やアイドルや芸能界が変わるなんて思ってないけど、うまいことみんな幸せになればいいのになぁと思う。

 

この本には、アイドルである登場人物たちが、私たちも使うような言葉を使い、私たちも思う感情を思う場面がいくつも出てくる。同じ人間なんだなと思う。でも、決して地続きの世界には居ない。私たちには行けない世界。死ぬほど羨ましい。その中に入りたい、でも、絶対に入りたくないと思った。