SMAP解散に寄せて

まさか「SMAP解散」が本当に現実になるなんて。

「解散する理由がない」とか、「ずっとSMAPでいれたら」みたいなことを言ってたことを私は知ってる。それらは過去の、不和が起こる前のことだったから、ということだとして、でも1月に騒動があった時に一度「解散しません」という結論になったのではなかったのか。

やっぱりここに来て、だなんて、残酷。SMAPを好きな全ての人に、残酷な結果すぎる。

 

SMAPから語られるSMAPへの愛や未来はもう過去かもしれないけれど、それを信じてた気持ちは現在進行形だった。

人の気持ちなんてころころ変わるし、どれだけ信じ合ってても、たった一言で、一瞬で、それが崩れることはたくさんある。私たちには一生理解も体験も出来ない、5人(6人)だけで共有してきたSMAPという人生を、終わらせようと、終わらせたいと、思った何かが起きてしまった。何百万人受け入れたくないと思う人がいても、これが現実で、未来に絶対はないけどおそらく、2016年が終わると同時にSMAPの5人は元SMAPの5人になってしまう。

 

いかにもテンプレートの文面を継ぎ接ぎしたような「メンバーからのコメント」には違和感しか感じなくて、そしてこれらのコメントには1月の謝罪生放送の表情が思い出される。生気のない顔で、ただひたすらに謝罪をしていたあの不気味な放送。

今回の“謝罪”は、過去の発言を覆す結果になってしまったことへなのかもしれないし、真実を正直に言えないことへの謝罪なのかもしれない。悲しむだろうファンを慮ってのことかもしれないし、影響を及ぼす関係者へかもしれないし、その全部かもしれないし、どれでもないのかもしれない。

 

私は明確に強い意思を持ってSMAPを応援していたわけではない。そういう意味ではSMAPファンではない私が言うのもなんだけど、でも、思うのは、謝罪しなきゃいけないような結果にSMAPに進んでほしくなかった。解散という結果になるならそれぞれの幸せのための解散であってほしかった。

あと「メンバー数名」ってなんですかね。全員が納得してない答えを受け取らされるってなんなの。こちら側が納得できるものを提供しろなんて我が儘言わないから、せめて当事者たちくらい納得した結果に進んでほしかった。

 

一時代を築いたグループの最後が「諦め」でくくられることが悲しい。悔しい。残念で、無念だ。

 

1月、私はこんなことを呟いていた。

SMAP解散、全然してほしくないけど、もしほんとにしたら…って考えてたら、「自分が生きてる間に地球の終わりに立ち会うなんて夢にも思わなかったな…」みたいな、絶望によく似た感慨深さがあった』

 

今年28歳の私は、SMAPのいない芸能界を知らない。SMAPのいないアイドル界を知らない。SMAPがいなかったら、SMAPに憧れてジャニーズに入ったアイドルはみんな居なかった。SMAPがなかったら、、今の世界はこの世界じゃなかった。

これからどうなるんだろう。SMAPじゃない5人はどう生きていくんだろう。芸能界は、アイドル界は、ジャニーズ事務所は、どうなるんだろう。

 

在って当たり前なんて何一つないんだと強く痛感している。一生に一度はやってみたいことリストの中の「SMAPのコンサートに行ってみたい」は永遠に叶わなくなってしまった。

信じるのがこわくなるな、というのが、率直な今の思い。これから、こんなことがあるかもしれないと怯えながらファンをやっていくのか、と。内くんのときも、KAT-TUNの時もNEWSの時も思ったけど、今回の恐怖はまた特別にダントツに、大きくて暗い。

好きでいるのが、こわくなる。ファンであることは誰に強制されてやるものでもないから、やめたければやめればいい話なんだけどね。好きでいる、好きでい続けるって、こんなに難しいことだったんだなぁ。

 

本当に本当に残念だし今「盛大なドッキリでした」って言っても許すから嘘にならないかななんてアホなこと考えてるけど、部外者でしかない一般市民はとりあえず、

SMAPが存在していた世界に感謝するし、

これまでのSMAPに感謝するし、

これからの5人が「あの時解散したの、まぁよかったんじゃないかな」くらいに思うような、“正しかった選択”になってしまうような幸せな人生を歩めますように…!と、願っています。

 

乱文ですが吐き出して消化したかったので書きました。

おやすみなさい。