ゆめをたべてく

いろんな好きを掛け持ちする飽き性 ★夜空から記事移行中

【後篇】続きはどうなる

さーーーてやっと4月15日の話をするよ。(こちらは前篇と中篇の続きになります。)

中篇でいろいろと語ったが、最近の私は彼らをあまり純粋に「好き 」といえなくなっていた。ファンクラブの更新が春、実は今年はも う更新しないつもりでいた。そんな中での出来事だった。

確定事項として知らされるまで、私たちには少し時間があった。
12日の週刊誌報道について、「それはないやろ」って気持ちが8 割。でもSMAPの時もそれはないと思ってて現実になったから、 残り2割でめちゃくちゃ怖いと思った。
この2割の感覚で、2日間いろんなことを考えた。もしも脱退だっ たら、とシミュレーションしてみたりもした。

それでも私は、15日、メールを読んでも、11時のお知らせは「 否定」だと思っていた。
週刊誌の否定だけでこんな大々的なお知らせはしないだろうから、 活動休止とか、留学とか、そのくらいはあるのかもしれないと思っ ていたけれど、脱退だけはないと、なぜか信じていた。 先述の2割の恐怖は、その可能性があることに気付いた恐怖で、可 能性があってもそれを選ぶ人ではないと、心から思っていた。

軌跡~関ジャニ∞渋谷すばるソロデビュー、アルバム発売まで - 百四十の限界を超えて
この記事がとてもわかりやすくまとまっていたのでリンクさせていただくけれど、私はいわゆる「フラフラ期」などこの記事に書かれていたような時間を、その時の関ジャニ∞を、知らない。辞めたがっていた(ように見えた)すばるくんを、知らない。エイトのメンバーってやたらすばるくん崇拝してるよなぁと思うことは何度もあったが、それは歌の才能を心から認めており、仲間として、いちファンとしての思いからだろうという認識だった 。大阪をテーマにした曲ばかり歌っていた時期がメンバーにとって「もどかしく、もがいていた」時期であったことを後から察せられることはあっても、その当時の私は当時のエイトがまっすぐ好きだったと思う。
週刊誌報道が出たときに、「その話題10年前に終わってるから(笑)」というツイートを多数見かけたが、その時に初めてそんな時期もあったのか、と思ったくらいだ。ずっと好きでも、知らないことって本当にたくさんある。

錦戸亮さんが何かの媒体で「関ジャニ∞がなかったらジャニーズにいる意味がない」といったことを語っていたらしいけれど 、エイトはメンバー全員がそのような思いを抱いているグループという印象だった。だから、外的要因ではなく自分たちからその形を崩す決断をする可能性など、本当に1ミリも考えていなかった。

4月15日11時、公式の文章を読んでもまだ「嘘やろ?」と思った。「まじかよ …」と思った。そこからはもう、ぐるぐると、いろんなことが浮か んで、思いつくままにツイッターに流し続けた。 間を置かず、会見の映像が流れてくる。
「いやだ」と思う心と、会見という場で真摯に発表する誠実さ・グ ループ愛への感動。あぁこの人たちを好きになってよかったと実感する。でもこんなことで実感したくなかった。 何かが、何かひとつ、それが「なにか」わからないけど、何かが違っていれば、今この現実は違ったのだろうか。
あんなにも迷うことなく、まっすぐに「応援する」以外の道を断たれてしまっては、もうどうしようもない。あがくこともなく、 受け入れるしか。7人でいてほしかったに決まってるし、そんなこと言いだしたら8人でいてほしかった。本人にもメンバーにも、人生の決断と覚悟を謝ってほしくなんてない。 でももう二度とあの関ジャニ∞を見れないのかと思うと、今後の新曲にあの声が乗らないのだと思うと。さみしい、切ない、悲しい、尊敬、……いろんな感情が交錯する。

清清しいまでに「意思は変わらなかった」と言い切ったすばるくん 。
どんな心中であれ、彼がここから迷いやさみしさを見せることは許されない。今後もそう自分に課して振る舞うのだと思うと、それがいくら“自分勝手な決断”でも、苦しくなる。
ある程度安定し守られた環境を捨て、退路を断つ今回の決断は男らしくて立派で、すごい。なんて格好いいのだろう。
しがないイチ社会人の私からすれば、自分が好きな人たち・好きになれた人たちと共に仕事が出来るなんて、それだけで奇跡だ。その奇跡を、縁を、大切なメンバーの人生を変えてまで、追いかけたい夢を持ってしまった。 出会ってしまった。拓けた道を、見てしまった。そこまでして追い かけたい夢を見られる、追求したいものを見つけられる、そしてそ れを成せる行動力と経済力がある。これもまた、奇跡なのだろうと思う。

これは「関ジャニ∞」という物語のひとつの完結なのだと思った。これまでに起こった様々な出来事がピースとなって、この完結を、物語のパズルを完成させた。
そしてここまでが「前編」で、これからまた長い後編が紡がれるのか、もしかしたらもう「本編」が終わって、ここから先は「エピローグ」になるのかもしれない。誰にいつ何があるかわからない。
「エピローグ」にさせてたまるか、と思う。と同時に、それぞれに「もしも彼らに“関ジャニ∞”よりも追いかけたい夢があるのなら、生まれたのなら」とあらぬ可能性を勝手に考えたりもする。そのとき私にはエピローグを見守ってこの本を閉じるしかできない。

いろんなことを考えてたどり着いたのは、「彼らに幸せでいてほしい」だ。
この思いは好きな人に対してはどんなときでも誰に対しても、変わらない。
結婚しようが、脱退しようが、休止しようが、結局は、好きになった人には、その人自身が心から「幸せだ」と思える未来になってほしい。その人生を、無責任に応援していきたいのだ。私は。
自分の好みではなくなったら離れて、好きだと思ったら好きだと言う。
「ずっと好きだったもの」を「好きと思えなくなる」という経験をして、ファンにとって担当や推しはアイデンティティを構成するものなのだと気付いた。それぞれの人生にそれぞれが受け取った彼らか らの夢がある。ファンそれぞれに、それぞれの「彼ら」がいる。同じ人を好きでも、その「好き」はそれぞれ違うのだから、共感できなくたっていい、否定することもしなくていい。
無責任に、勝手に、夢を見ていく。私はそうやって、「私の人生」を作っていく。「彼らの人生」に、応援することでとれる責任なんてない。
だから彼らにも、わたしたちに責任なんて追わなくていい。好きに幸せに生きてほしい。
アイドルから貰った幸せは、「与えられた」ものではなくて「勝手に受け取った」ものだ。「大切にしてくれる」のは嬉しいが、大切にされたいから好きなわけじゃない。「信頼できる」のは幸せだけれど、「裏切った」だなんて思わなくていい。自分の人生、 ほかの誰かが正解や間違いをつけるなんてことできない。

…………なんか一曲書けそうなポエミーさに仕上がってきたけれど(笑)、私の感情の着地点はここだった。無責任に、応援する。
だから、この決断を受け入れて、今後の関ジャニ∞を見て、シンプルに好きかどうかで判断して、応援するかしないかをその時々で決めていこうと思う。
6人を好きになれる未来だと幸せだ。いい夢も悪夢も飲み込んで、 豊かな人生にしたいです。

 

※追記※
一応の落としどころは見つけたけれど、5月の本音。
しっかしほんとに…なんで辞めるんだよバカヤロウ。「元」であることは絶対消えないじゃない。それをいくら枷と思おうと嫌おうと 、「イチから」「全部捨てて」なんて無理だよ、だってみんなが「 関ジャニ∞の」「ジャニーズの」彼を知ってる。今十分に成功してるワンオクだって赤西さんだって他の人たちだって、 きっとどこかで「元」って言われ続けてる。過去を塗り替えるくら いって言うけどきっと簡単じゃない。でもそんなこと誰よりも本人 はきっとわかっていて、ある程度「元」 であることを使われると知っていて、それでも「追求した」結果を判断される世界に飛び込むんだよなぁ。なんでそんなに強いの、格好いいの。退路なんて断たなくて、甘えて、よかったのに。
渋谷すばる」を構成するものと「ジャニーズであった過去」を切り離すことなんて出来ないし、そこから抜けてやりたいことを私は理解できるのかな。別に理解しなくていいんだけど。……つまるところ何で辞めるんだよバカヤロウ!!! すばるくん含めた関ジャニ∞が好きなんだよ…。上記でかっこいいこと書いたけど、今でもほんとにあの4月15日が消失すればいいのにってめっちゃ思ってる。 あの日から関ジャムも他の番組も観れてないし、曲も聴いてない。 流れてきた新録ロマネスクだけ聴いたけれど、あんなロマネスクを 残して去るなんて。ずるい。泣くわ。