ゆめをたべてく

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9/2『ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ』in滋賀県びわ湖ホール

面白かったー!!!!

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観に行ったきっかけとしてはドラマ『おっさんずラブ』で武川さんに惚れる→その中の人であるところの眞島さん舞台やってる→チケット探す→会場チケまだ残ってる→即獲得!という流れ。即断即決した自分グッジョブ!(笑) 行ける近場で取ったら偶然千秋楽だったのでおかわりチャンスなかったのはちょっと残念。もっかい観たらまた感想も変わりそうだなぁ。

 

物語の舞台は国会議事堂がすぐ近くに見える国会記者会館の屋上。5人の記者による、「マスコミと政治家」、「ジャーナリズムとは」という話。(で合ってる?)


すごく考えさせられるというか、世の「ニュース」を疑いたくなる物語だった。
5人の立場を簡単に分けると、「政治家と癒着組」「中立(迷走)組」「真実を求めるジャーナリスト(であろうとする人)」。偶然出てきた癒着の証拠を隠そうと取り繕う飯塚と秋月、発表すべきか迷う及川と小林、発表して真実を国民に伝えたい井原まひる

 

考えたことたくさんあるんですが、どう書いていけばいいのかわからないのでまずは印象的だったフレーズについて。(台詞は全部ニュアンスです)

・「いずれ発表されることをちょっと早く言ったからってそれが何になる?」まひる
ほんまそれな、ほんまそれ。私が最初に例として浮かんだのは芸能人の結婚とおめでたとかについてだったけど、ほんとこれだわと思った。普通に公式から聞いて祝福したい身としてはすっぱ抜き迷惑でしかなくて、そんなことするから結婚や恋愛が「迷惑かけること」みたいな扱いになる。「お騒がせしてすみません」て何で自分から騒いでもない芸能人本人に謝罪させてんの? 
そう考えると、政治家の人事(?)とかも、あらゆる事柄も、いずれ発表することをいち早く発表したところで結果も現実も事実も変わらないよなぁ、と。
ただ、この次の言葉にも妙に納得してしまったから、難しいなと思う。

・「スクープは後追いがあるから先駆けて出した人の名誉となる。後追いのないスクープは一人旅」(及川)
後追いがあるから先駆けが名誉、というのも確かになと。後追いは人々が“知りたい”ということだろうから。
でも、本来ならばその旅軸は時間を競うのではなく開拓であるべきなんだろうな。今は、早い遅いが重要視されて、いちど始まるとどの局もどの新聞も同じような内容の報道をして、同じものを叩く(ほめそやす場合もある)傾向が強い気がする。後述する演出の永井さんのポストパフォーマンス・トークに何度も出てきた言葉だけど、報道には「発表報道」と「調査報道」があると。日本は圧倒的に「発表報道」らしい。けれども、本来は「言いづらいことを報道するのがジャーナリズム」で、「調査報道」こそ報道なのではないか、と。今は先駆けの早い者勝ちみたいになってるところがあるけど、本来はスクープをきっかけに、いろんな側面からその出来事が調査されて、後追いによって多面的な情報を得られることが、いい旅の形なのかなぁと思った。

・「真実にはもう飽きた、そういう時代になったんだ」(及川)
これはこの物語の世界観を表す一言だと思う。ジャーナリストの存在は「知る権利」のためにある。でもその権利を行使する“人々”の知りたいという気持ちが真実を必要としていないのならば、ジャーナリストの信念は何のためにあるのか? 現実への無力感を感じるひとこと。

・「生き物としての人間は最後には真実に向かっていく」まひる
ただこれも上と対応して、また芯となる一言。真実は隠されようが飽きられようが、確実に存在していて、嘘で固めて隠しても、消えるわけではないし。


この話、ジャーナリストとして進むべき(進みたい)道の先頭にいるのはまひるだったけれど、全ての中心にいたのはきっと及川だった。
癒着の証拠を手に入れて、それを意図的に、または結果的に他の人に知らせて巻き込んだ及川は、ずっと迷っていたけれど結局最後、「諦め」の選択をした。彼は、信念としてはジャーナリストでありたいんだろうけど、会社、家族、世間、立場、人生、いろんなものがその信念の壁となる。小林は「諦め」よりも積極的に癒着の方に傾くけれど、彼にとっての壁はきっと生活。奨学金という借金を背負った身で、暮らしと正義感でかけた天秤は当然暮らしの方に傾く。「間違ってる」かもしれないけど、小林が「悪い」わけじゃない。パンフレットに「守るものが違う」という言葉があったけど、そういうことなんだよな。及川や小林にだけじゃなくて、飯塚や秋月にもそれぞれにきっと正義はあって、壁もあるんだと思う。
最後、及川が諦めて去って行った屋上でひとり、まひるがもどかしさに震えてタオルを振り回す。この“空気”を斬るように。まさに“誰も書いてはならぬ”、そんな空気。でも、空気は切り裂けなくて、空振り。ここから始まるのはきっと長い一人旅。うずくまって孤独な中で、一筋の光に気付く。手渡されたビデオカメラ、先輩からの言葉、「メディアを恨むな、メディアをつくれ」。最後に見たのはきっと「希望」。
まひるがうずくまってしまったとき、まさかこのまま終わるんじゃないかと、最後にただ現実をつきつけて終わるんじゃないかとヒヤッとした。だから最後にまひるが上を向いて、前を向けたこの終わり方でよかった。一人旅はきっとつらい、でも、希望が見えた。あぁよかった。
そしてこのときカメラを手渡しに来た秋月の気持ちを考えたくなる。彼女の中のジャーナリズムを託した? それとも「自分も変わろう」という意思表示?

 

及川は「真実にはもう飽きた、そういう時代になった」と言ったけれど、人々のその「飽きた」という気持ちさえ、政治家やマスコミによって操作されて向かわされた時代だったかもしれない。巧妙に隠して切り取って、飽きるような情報ばかりを流して、興味を失ったのをいいことに好き勝手して、「知ろうとしなかったそっちが悪い」と言う。…なんてことは普通にありそう。
実際私自身、政治について、その他の「本当は知らなければいけないこと」についてきちんと知っているとは言えないし、正直興味があるかと言われても微妙だ。毎日仕事や生活で大変なのに、難しい話は聞きたくない。けれど、そうやって知ろうとしないうちに重要なことが勝手に決められて、知らない間に生きづらい世の中になっていくことに恐怖も抱いている。頭に浮かんだのは、有川浩さんの『図書館戦争』シリーズ。これは言論の秩序を守るという大義名分のもとに「本を読む権利」を奪われた世界の話で、「どんな物語も、それを選んで読む権利がある」というような言葉が別冊に出てくる。この台詞はこの図書戦世界の正義についての根本的なことをついていると思ってるんだけど、これ、ある側面では“情報”にも言えるんじゃないかと思った。どんな情報も知る権利がある(もちろんプライバシーとかそういうのは守られたうえで、の話ですが)。
そして「知る権利」というのは、「知りたいことを知る」のと同時に「どの情報を受け取るのか選ぶ権利」でもあるのかもしれない。昨今、たとえば殺人事件の被害者についての情報や、災害が原因のトラブルに対する謝罪会見を流すマスコミに対して、Twitterでは「そんなこと私たちは知りたくない」という意見がバズるのをよく見かけたり、芸能人のスキャンダルなども「そんなこと知らなければ幸せに暮らせたのに」という類のものだと私は思っている(し、仕事をきっちりやっている社会人のプライベートを勝手に晒して悪趣味だなと単純に思う)。マスコミに勝手に「知りたいだろう」と決めつけられて流される情報が、たくさんある。そして、これは大学の講義で聞いた話の引用だけど、「メディアを通して発信されている以上、あらゆる情報はなにかしらフィルターがかかっている」ということも忘れてはいけない。そのフィルターは記者の感情かもしれない、原稿を書いた人の好みの言い回しかもしれない、アナウンサーの声色かもしれない。そして、受け取り手の気分によっても左右されることがあるだろう。情報が多いことは悪いことではないけれど、こちらの取捨選択能力が問われる社会だな、と改めて思った。

 

なんか長くなったけど、そのくらいいろいろ考えさせられる舞台だったってことです!ほんとに面白かった!!ここからはもう箇条書きでいきます!

 

◎終演後に行われた永井さんのポストパフォーマンス・トーク内容メモ起こし
・『空気』シリーズ(?)は報道に対するクエスチョンを描く舞台。ver.1もそうで、前回はテレビだった、今回は新聞へ
・作るきっかけは東日本大震災原発についての政府の発表(圧力・忖度・自己犠牲)
・「記者クラブ」は日本だけにしかない
・インタビュアーの方は「登場人物のモデルがなんとなくわかる」らしい
・↑このモデルの人には聞いてないけど、実際に記者の方に取材はした
・記者に取材すると、「記者クラブは必要」と言う。政治家との食事には「呼ばれたら行く、しかし批判だってできる」と言うけれど、まさに小林のように、でも実際そんなのありえない
・日本では政治家との「パイプがある」のが「良い記者」とされる
・エンターテイメントと、訴える内容のバランス
・実在の事件をモデルに(コピー機から見つかったあれこれ=“神の国事件”、この時代にコピーは当たり前だったけれど、今はメールで送るよね、というところから拡大コピーというアイディアに。ちなみに現実でも記者クラブではこの件に関して追及はなかった。)(ネット局が会館の屋上を使用したいと訴えた、これはYouTubeで言い合い?の映像が見れるらしい(笑))
奨学金のこともよくあること、キャップの離婚率も高いらしい。日本は発表報道だから、朝から晩まで「何かありませんか?」って(小林みたいに)。でもそのエネルギーを使った結果が「いずれ発表されることをちょっと早く」。(そう言われると意味あるのかなぁと思うなほんとに)
・キャスティングについて、全員はじめてのキャスティングとなる。まひるは安田さんにどうしてもやってほしかった、松尾さんはコラムニストとしても活躍されてて面白いなと思ってお願いした

・「桜木」という人物について
前回の時に、舞台としてTV局を扱うことになったけど、人が大勢いるところは(セットとか的に)無理、「誰もいない部屋」がない→誰かが自殺した部屋なら寄り付かないんじゃないか→その人物に語りかけるという設定にした。今回前作とのつながりを表すとともに、及川にまひるのことを信じてもらうきっかけとして「桜木」を再登場させた。
舞台を観て、話を聞いて、桜木さんはジャーナリズムの心がまっすぐすぎてポキッと折られた人なのかなとなんとなく思った(前作観てないけど)(観たい)。

・「真実にはもう飽きた」という台詞について
当初は「真実なんてどうでもいい」と書いていた。でも違うなと。どうでもいいのではなく、見てもつらい真実なんて見せないでと思っている心がある、どうでもいいのではなくて見たくないと思っている人もいる。それで「飽きた」という言葉にした。

・メディアの希望とは?
ジャーナリスト個人の良心や表現の自由を守る「システム」にあると思う。今は編集権が経営者にある。そりゃ癒着もおきる。ジャーナリスト個人を守れるようなシステムを整えていくべき。

・シリーズ化は? →考えてみたい。

 

◎お芝居とか役者さんとかについて
・安田さん、この人まじで「茶目っ気」出させたら天下一品だわ……。眞島さんとのやりとりのシーン、双眼鏡で2人見てて、いつの間にか(今回の推しである)眞島さんより安田さんを追ってた自分いたからね、可愛すぎて。そのシーン眞島さんも手パタパタしてて可愛いシーンだったのに見逃したからね。そのレベルで可愛い。すごいです。
・柳下くんな、可愛かったな、役が可愛かった。奨学金な、それな、ほんとそれ。
・飯塚と秋月の2人のやりとり面白すぎた。「本当の!思いやりは!拡大コピーじゃない!!!!!」松尾さんも馬淵さん最高…(というか馬淵さんもう39なの!? 眞島さんとタメ語で話せるような関係の役だったからどれだけ逆サバ読んだ役だと思って調べたらご本人39!? 未だにGTOの娘役のイメージ強すぎてやな…笑  しかしめっちゃ綺麗かった、そして上手かった……。いや「上手かった」って誰目線やねんって感じなんだけど、ほんと達者だなぁと思って。すごい「上手い」と思った。あとほんとに可愛かった。)

◎そして満を持して(?)、この舞台を観るきっかけとなった眞島さんについての感想。語彙力のなさがわかる、ただの思ったこと殴り書きです。

・声がいい。やばい。付けてるの見えなかったけどマイクあったのかな、たぶんあったんだろうけど、割とナマ声っぽい調整にしてあったのか、テレビとかで聞くよりクリアな感じで聞こえてめちゃくちゃ美声だった。まじで声がいい。惚れる。惚れた。
・いやイケメンか? 知ってた。知ってたけど。
・なぜか右足だけ、靴下とスラックスの間に覗くわずかなナマ足…(笑) いやほんとに、座っても体育座りしても、な~ぜ~か右足だけチラリズムしてんの、何、謎すぎる。でもそこがいい。(?)
・背中が…広い……! 肩幅が広くて腰が細くて、めちゃくちゃ抱きつきたい後姿だった。あの肩幅はずるいですわ、逆三角形のお背中…眼福。
・手が思っていたよりふっくらしていて、肉厚だった……。腕とかもこう…割とがっしり……。よい、大変よろしいでございますよ…。
・髪はふわふわしていた。ふわふわしていた。(なぜ2回言った)
・パパモードの及川さんたまらん可愛さだった。ギャップやばない? 人が来て急に低い声になって「じゃあな」って電話切ったところイケボすぎて表情もキリッとイケメンすぎていろんな落差にHP削られまくった。この人やばいな?
・カテコでみんなで手繋いでおじぎする時に、眞島さんとその左隣にいた馬淵さんだけ「ばんざーーい!(おじぎ)」ってしてたんだけど他の人「ばんざーい!わーーー!」みたいな感じで手繋いだまま振ったりしてて、眞島さんと馬淵さんだけ先におじぎしちゃった形になってそれに気付いて“タイミングはやかったww”みたいにくつくつ笑ってたのか可愛かった。笑う時肩が上下に動くの可愛い。
・最後に演出の永井さんが出てきたときの拍手が指そろえて寝かせてパチパチしてて、なんかこう男の人の拍手っぽくなくて“パチパチ”って感じで可愛かった。
・カテコの最初何回かは上手下手両側から出てきてて、最後だけみんな右側に帰って行ったんだけどその最後のときハケる方向「あっち?」みたいに指差してたのが可愛かった。(もう可愛いしか言っていない。)ちなみに最後の最後にハケたのが柳下友くんで、ペコリってしてたのも可愛かった。


◎まとめ
メディア、マスコミ、「知る権利」、いろんなことを考えさせられる舞台だった。私が情報論とかをとっている大学生だったらこの舞台を発端にして知る権利をテーマに卒論書いてた。まさか実在の事件を元にしてたなんて、レポートの書きがいがありすぎる……(笑)
でも決して小難しい話ではなく、本当に面白くて、笑えて、いろいろ考えてもいいし考えなくても楽しい、そんな舞台でした。地上波では流せない内容だろうけど、普通に2時間ドラマとかにしてほしい気軽さもある感じ。いい時間でした!

役者ファンであることはあくまで「きっかけ」としたくて、「物語」が好きだから、役者さんを観に行く、ではなくてそこにある物語を受け取ってきちんと咀嚼できる人でありたいと改めてそう思った。(でも売れてる役者使って興行上げるのも大事!ビジネスばんざい!お金は大事だよ!) 今回もとても素敵な作品に出会えました。眞島さんありがとう。

 

あーーでもびわ湖ホールはほぼ京都だなやっぱり。

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(いつ見ても変わらないのに毎回行くたびに撮ってしまう京都タワー

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(うん十年ぶりにファンレターを書いてみたが差し入れBOX的なものがなかったので届けられぬまま帰途につくスナギツネちゃん)