ゆめをたべてく

いろんな好きを掛け持ちする飽き性

映画『君は月夜に光り輝く』 ※ネタバレ

映画『君は月夜に光り輝く』公開初日&3/20レディースデー、計2回観てきました。

わかってた、予告からわかってたけど、やっぱり泣けた~~~号泣だった。結構早い段階からずっと泣くモードだった。2回目も普通に泣いた。

ネタバレでよさが半減するような映画ではないんだけど、一応ここから先ネタバレ込みかつ台詞バレみたいなの満載ですのでご注意を。まぁ台本持ってるわけじゃないので台詞っぽく書いてあるのは全部なんとなくの記憶ひっぱり出してきたものです。

思ったことじゃんじゃん書いたのでめちゃくちゃ長い(約15,000字w)し読みにくいと思いますが、よろしくどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●まみずが死んだ“現在”の世界

冒頭から早速(?)お墓参りのシーン。3~5年後くらいなのかな。

まみずの両親から渡された色紙には、「私は私でよかった」の文字。その色紙がまみずと卓也の出会いのきっかけだった。

時は高校2年の春に遡る。

 

●4月 出会い

教室、制服、それだけで眩しい…!笑

「色紙最後のヤツが届けろって」って言われたときの「うそ」の言い方がめっちゃよかった。北村匠海の好きな芝居な感じだった(伝われ)。

病室での初対面。「嫌々来た?」とまみずに聞かれて「自分の意思で来たよ」って言う卓也。こういう優しさにまみずは惹かれていったんだろうなと思わせる、最初の一手がこの台詞だと思う。お父さんからもらったスノードームの話をしたまみずの、「つまんないよね」に「ううん、楽しいよ」と(ちっとも楽しくなさそうな表情で)返す、これが二手目。卓也、いい子だ。咄嗟に渡された「グミ食べたい」に、後日律儀に買ってくるのが三手目。

「卓也くんって優しいね」

はいこの台詞はテストに出ますのでよく覚えておくように。(誰)

この2回目の訪問でまみずが大切にしてたスノードームを壊してしまって、「罪滅ぼしさせてほしい」と代行が始まっていく。

卓也の「罪滅ぼし」は、「いつ死ねるんだろう」とこぼしたまみずにお姉ちゃんのことが重なって、卓也自身がそう自覚してたのか無意識なのかはわからないけど、まみずの死にたいって気持ちへの拒否感というか、自分が止めなきゃみたいな気持ちが生まれたんだろうな。母親との会話でかたくなに「事故」だと言うのは、自殺だったかもと卓也自身が思ってることを認めたくない反発心なんだろうし、姉が中原中也の詩(『愛するものが死んだ時には、自殺しなきゃあなりません。』という言葉)を読んでたことを知ってるから余計「自殺かもしれない」と思う、でも「(家族としては)そう信じたくない」。止められなかった、救えなかったことへの、罪滅ぼし。

 

話変わるけど(そして出てきたのもうちょっとあとかもしれないけど)卓也の「まみず」呼びにちょっとキュンキュンしてしまった。あっ呼び捨てなんすね、って思った。最初香山との会話では「渡良瀬さん」って呼んでたやん、卓也のキャラ的にしばらくまみず本人にも「渡良瀬さん」だったはずで、どこかで「ねぇなんか他人行儀。まみずでいいよ」「……はぁ」「ほら呼んでみて」みたいなターン絶対あったと思うんですよ、それDVD特典に入れといてください初回限定スペシャルBOX買うんで!!!笑

 

●代行体験 ジェットコースター→スマホ買ってきて→お父さんに会ってほしい

いざメインどころ(と思っていた)代行シーンは、予想よりあっさりとしていた印象だったけど、これは最後のシーンに生きてくるんだよな……というのが最後まで観ると分かる。

両親が自分の治療費のために離婚したことを知って「(両親が)仲が悪くなったわけじゃなくてよかった」としつつも「自分なんて生まれてこなければよかったのに」とまみずの抱えている闇(というほどのものでもないけど、そういったネガティブな気持ち)が吐露される。そこで卓也にも「もういいよ」って言うんだけど、「次なにすればいい?」って返す卓也。まみず、嬉しかっただろうし救われただろうなぁ。

「卓也くんってたまに優しいよね」「たまには余計だよ」

1回目観た時には、まみずと卓也が自分の恋心を自覚したのはもっとあとだと思ってたけど、2回目はもう最初から、いちばん最初の「卓也くんって優しいよね」から好きだったかもなと印象が変わった。

もちろん2人とも徐々に好きになったんだとは思うけど、卓也が意識的にまみずへ視線を送るイヤホンのシーンで卓也の想いは明確で、そして「目をつむってるまみずを見つめる卓也」はこのあとの告白のシーンにも再度出てくる。まなざしでその想いを現すと同時にまみずは「目をつむってる」ことから、まだ通じ合えてない一方通行の状態を表してたんだろうな…。

 

2人の距離が縮まっていく過程で、バイト仲間の可愛い女の子(リコ)に好かれて「一緒に帰ろう」「一緒に海行こう」とアプローチされるたびに卓也の脳裏に浮かんでるまみずが切ない。まみずとは出来ないことが、リコとなら簡単に出来てしまう。このさりげない対比、見事…。あとリコの「私はありだけどなぁ」のあと、脳が処理する間が少しあって「……え?」ってリコを目で追う卓也の顔、絶品でしたね……。

卓也の口からリコのこと「可愛い」って言われたときにやきもちやくまみず、可愛かった。もしかしたら代行体験はまみずにとって最初(もう自分が経験できないことの一つが「恋」だと思ってたとしたら)疑似デート的な意味合いもあったのかもしれないけど、いつの間にか本当に卓也に恋してしまった。卓也も、最初まみずを姉と重ねて「罪滅ぼし」の気持ちから関わりを切れなかったのが、「死にたいなんて思ってないよな」と問いかけた頃には姉への気持ちとまみずへの気持ちがたぶん同じくらいの大きさになっていて、そしてどんどんまみずへの恋心が姉への気持ちも内包していって、心ごと全部でまみずに向かっていくような感じがした。

 

●8月 夏休み

「ジュリエットはやらないよ?」「その手があったか」

「頑張ったご褒美なにほしい?」「ご褒美ねぇ…」

靴をプレゼントする流れは、ちょっともう天才か?イケメンかよ!!!と思った(笑) サイズ聞き出す前後のやりとりはめちゃくちゃ青春の空気でただの高校生っぽくて超可愛かったし、届けに来たときの病室入って「誰か気になる男でも来るのか?」のちょっと父親っぽい言い方のあとに「うん」って言われて一瞬戸惑う卓也も可愛かったし、「拾ったんだけど」「じゃあ私がもらいましょう」のツーカー感に2人の重ねてきた時間が見えてすごく幸せだった。靴もらって大喜びして、「私Dだよ」ってご褒美あげるまみずの可愛さ~!!!!! 17才男子にそんなこと言ったら、そんなこと言ったら…!笑 

ここ高校生の卓也がサマンサタバサのサンダル買えたのはきっとバイトしてたからだろうし、そういう風に緻密に理由と行動と背景が組み立てられてる感じすごく好き…。(そして赤い靴にちょっと『ビューティフルライフ』思い出したよね……あれも泣けるんだよなぁ)

この直前に卓也vsまみず母でお互いに確執(?)みたいなものがあるんだけど、両親の気持ちも苦しさもわかるからもうもどかしくて泣ける。どっちの気持ちもわかってつらい。

 

●行けなかった海

「検査の結果がよかったら外出許可出るかも」

「どこ行きたい?」

「海、この靴履いて海行って星とか見たい」

………「検査の結果出た。海行けない」

ここはまみずも卓也もリコも切なかった!卓也の前では笑顔なリコちゃん。「冗談だよ」が女の子の本心を隠す(このあとまみずも同じ台詞言うんだよね)。

 

その日の岡田家の夕飯はシーフードカレー。

「うちのカレーって変だよね、普通肉じゃん」

「鳴子の好物だから」

3人分用意された食卓、好物のカレー、娘の死と向き合えていない母親。と同時に“シーフード”(海)のカレーを「変だよね」ってちょっとだけ怒ったような口調で言い、食べる気をなくしてる卓也の様子に理不尽な病気へのいらだちみたいなものが見え、見事なダブルミーニング。すごい。

 

「こんなところに閉じ込められてただ死ぬのを待つだけなんて、残酷じゃないですか」

行けなかった海と星の代わりに、まみずにスーパームーンを見せてあげようとする卓也。止めようとする看護師の岡崎さんにぶつけたこの台詞、確かに卓也の気持ちもよくわかるし共感もするけど、ずっとずっとこの病と闘う人を見てきた看護師にこの言葉を放った卓也もまぁまぁ残酷だよなと思った。岡崎さんもまみずの両親も、もちろん卓也も、それぞれの立場からそれぞれにまみずのことを思っていて、もどかしい。

 

スーパームーンの夜

屋上のシーンは2回あるんだけど、この1回目の屋上のシーンからもう泣いてた。

「ロマンチックなこと言って、5分だけでいいから」

「ずっと君と一緒にいたい」「心から君を愛すよ…?」

「真面目に言ってよ」

「僕ばっかりフェアじゃないよ」

「…世界に2人きりみたいだね」

「本当にそうだったらどうする?」

「卓也くんと結婚するしかないね」

「しか、って…」

「あ、じゃあプロポーズしてみてよ」

「健やかなる時も病める時も、君を助け、まごころを尽くすよ」

「私もずっと…卓也くんのこと好きだよ」「…冗談だよ」

「笑えるね」

「プロポーズしてみて」の切なさ。まみずが、もう自分は結婚とかできないってわかってて言ってると思うと…!

そしてこの「笑えるね」の言い方が天才だった。感情がグワァって伝わってきて泣いた。まみずのことが好きな卓也にとっては冗談にしたくない思いがある、でもまみずが冗談にしたいのも分かってる。それを全部含めたような、「笑えるね」。

「星にも寿命ってあるの?」

「どんな星も消えてなくなるかブラックホールになるらしい」

「私はブラックホールにはなりたくないな」

「好きだよ、君のことが好き」

「もう5分経ったよ」

真剣な、まっすぐな声を、「好き」を、目をつむって聞いてたまみずは本当は何て返したかったんだろう。「もう5分経ったよ」、この時のまみずにはこれが卓也への精一杯の愛情と思いやりだったんだよなぁ……。

そのあと卓也の前で初めて(もしかしたらまみずにとっても初めて?の)肌が発光する発作が現れる。ストレスが進行に繋がってしまう病気で、この場合の「ストレス」=感情の揺れ動き、だろうから、まみずにとって卓也と会うことも、自分が「好きだよ」って(冗談でも)伝えることも、卓也からの「好きだよ」を聞くことも、それを受け入れず流すことも、その心を大きく揺さぶったんだろうなと思う。切ない。

 

「私たち家族が必死な思いで一秒でも長く生きてもらおうとしてるのに、昨日今日出てきたあなたに邪魔されたくないの」

親の思い~~!「私たち」だもんな、ほんとは一緒にいてほしい夫とも離れて暮らしながら何年も娘の看病をしてきたお母さんの気持ち考えるとそれだけで泣ける。

こうやってまみずの両親と接したことが、少なからず卓也が自分の母親に寄り添えるきっかけになっていったんだろうと思う。

 

「怖くて眠れないって言ったら朝までいてくれる?」

……「お願いがあるの、もう来ないでほしいの」

「急になんだよ」

「急じゃないよ、ずっと考えてたことだから。今までありがとう」

これが最初の“最後のお願い”。自分のせいで叱られて謝る卓也を見て、自分と関わってると卓也が幸せになれないと改めて思って、心を決めた。卓也を思って突き放すまみずの強さと愛の深さよ。

 

●9月 文化祭 ロミオとジュリエット

それでも代行を続けようとする卓也。あの場でジュリエットやるって手上げるのなかなかの勇気だと思うけど、卓也自身は恥ずかしさよりも圧倒的にまみずへの想いが勝ってる感じが10代の恋のエネルギーを感じた。そして「歌舞伎みたいで面白いんじゃね」って言ったクラスメイトくんナイスアシスト!卓也、彼に感謝しろよ…!笑 

この卓也と香山の、まみずを通して(あるいは兄と姉の関係を通して)結ばれた不思議な友情の関係、すごくよかったな。兄貴と同じ病気と知って会いに行けなくなった香山が、「まみずのこと好きだったんだ」とまみずに伝えられたの、すごくよかった。これで彼も次に進めるような気持ちになった。

 

いざ文化祭本番、「まだ代行してくれてたんだね」と久々にまみずとの会話。「まみずも一緒に行こう」って連れて行くの素敵だった~~! 劇を観ながら、卓也の自分への想いを感じながら、自分のやりたかったジュリエットを代行してくれる卓也に涙をこぼすまみずが綺麗。あと香山も卓也もなかなかの熱演でちょっと普通にこの劇観たかった(笑) 

しかし、ロミジュリって最終的に心中するお話で、それもこの物語に微妙にシンクロさせてあんのね……どこまで計算高い物語なんだよ全く最高かよ…。

 

●一人で行く海と夢

劇の途中でまみずとの回線は途切れていて、文化祭が終わって駆けつけた卓也の眼前には面会謝絶の札。「ただのクラスメイト」でしかない卓也には、理由も何も教えてもらえない。

2人で行けなかった海に1人で行き、元気なまみずを夢で見る卓也。そこには“ただのクラスメイト”として普通に、まみずが教室にいる。

ここのシーンのキーワードは「夢」。2人にとって海は一緒に行きたかった夢の場所みたいなもので、そこで卓也はまみずが元気な夢を見て、そのまみずが元気になることは本当に心の底から叶えたいこと≒「夢」。卓也はおそらくこの夢のシーンでしか涙を流していなくて、現実では表だって出せない感情の強さみたいなものが見えた気がした。

(あとちょっと話逸れるけどあのまみずの「バカ」よかったよね、ちょっとこっぱずかしいけどあの「バカ」が出来る女優は売れるぞ!!!と思った笑)

 

●告白

「まみずが会いたがってる」と言われて病院に駆けつけると、「もう何度も会えるわけじゃない」と現実を突き付けられる。病室には機械が増え、明らかに具合が悪くなっている様子のまみず。

「まだ動いてるよね?」

「うん」

「心が苦しいよ」「想像してみて、好きな人が死んだら悲しいよ、苦しいよ、しんどいよ、一生忘れられないよ」「だからもうここでやめよう」

「うるさい、苦しくてもしんどくてもいい。好きなんだ」

「それは困る。私も卓也くんのこと好きだから」

卓也のことが大好きで、好きな人が自分のせいで悲しむ未来はいやで、自分の気持ちにもけじめをつけたい、でも自分が死の淵にいて、その恐怖の中でひとりでいるのは寂しい。会いたい、こわい、そばにいてほしい。そんな気持ちも、卓也を想って遠ざけようとする気持ちもどっちも本心。そういうの全部わかって、それでもまみずがいいって伝える卓也、やっとやっと「好き」って言葉にして伝えるまみず。あぁもうほんとうに、切ない。お互いの体温を感じながら、もうすぐ失われることを知りながら、伝えずにはいられなかった大きな恋心……。切ない。

まみずは最初卓也の側に立った気持ちで「好きな人が死んだら」って話してたけど、好きな人を残して自分が死ぬのも悲しいし、一緒に生きられない自分自身が悲しいはず。そういう弱みみたいなものをやっと卓也に吐き出せたのがこのシーンで、「困る」って台詞だったのかなと思う。まみずって本当に強くて、でもちゃんと17才の女の子なんだよなぁ。

 

前後するけど、岡崎さんの台詞

「最近よく泣いてたよ、“卓也くんごめんね”って。何があの子をそうさせるの? 私にはわからない。それがわかるのはこの世であなた一人だけ」

って、2人の関係を見守る大人としてとても強い言葉だなと思った。

「泣く」のはきっと「ストレス」になって病気の進行に繋がるものだろうし、それを言ったら「恋」もきっとそうなんだろう。出会わなかったら好きになれなかったけど、好きになったから出会いたくなかった。自分のせいで好きな人が悲しむところを見たくない。こやって考えてる他にもたくさん、岡崎さんの言うとおりあの2人にしかわからないものがあるんだろうな、恋ってそういうことなんだろうな。

 

●子どもを亡くす親の気持ち

まみずのお父さんのシーンは予告でもあそこがいちばんグッときてたくらいで絶対泣けると思ってたけど、やっぱりめっちゃ泣いた。前半の自己破産してるから会いたくても会えない、っていう苦しさから卓也を追い返すところも切なかったけれど、やっぱりあの眼鏡抑えて泣くシーンはきたなぁ…。

「普通に結婚とかするんだろうなって、思ってたんだけどな。君みたいなヤツが来てさ、『娘さんをください』とかって」「…ちょっと言ってみてくれ」

「なにを」

「『娘さんをください』って。ほら」

「娘さんを、ください」

「……一発殴らせろ」

最初の「普通に結婚とか~」もかなり涙腺にくるのに、「ちょっと言ってみてくれ」がまみずの「ロマンチックな台詞言ってみて」に重なって、2人が親子であることを改めて思わされて更に泣いた。そのあと「一発殴らせろ」からの父の涙、もうこっちも号泣ですよ。当たり前なんだけど、まみずの死はまみずの人生の未来だけがなくなるわけではなくて、その家族の未来も失うことなんだなと思った。人ってひとりで生きてるわけじゃないんだぁと。

お父さんがまみずにプレゼントしたスノードームは「家」の形で、それを直すんじゃなくて卓也に(たぶん)「新しいの作りな」って意味で作り方の本を渡したのは、お父さんなりの子離れというか、嫁に出すような気持ちだったのかなぁと思う。本を渡したのも疑似「娘さんをください」も、お父さんなりの、本当なら結婚する時にやるはずだった“娘を守る自分の役割を夫になる人に託す”っていう儀式みたいなことだったんじゃないかな。実際のバージンロードは歩けないけど、娘のことを好きだと言ってくれる卓也に「娘は任せた」って気持ちを託した。まみずと卓也のプロポーズごっこ、そしてお父さんと卓也の結婚の挨拶ごっこ。ハァ~~~どこまでも構成が巧みで脱帽&感動。

 

そして卓也とその母親の会話。

「お願いだから自殺だけはしないでね」

「あれは事故だったって言ってるだろ」 

「子供に死なれた親の気持ちなんてわかんないわよ」

「わからないよ」「でも悲しい、お母さんも“悲しい”でしょ」

この台詞はきっと、まみずと出会ってまみずの父親に会いに行ったり、母親に叱られた卓也だから言えたんだろうな。親の気持ちは理解できない、でも、子供が亡くなるのはとてつもなく悲しい。想像だけよりも、家族としての悲しみだけよりも、少しだけ深く母親の“悲しい”感情に触れられたから、母親は泣けたし、向き合おうと思えるようになったのかな……と思う。

 

●9/29 最後のお願い

屋上のシーン2回目。物語のクライマックス。病室に差し込む月明かりが綺麗。2人がそっと手をつなぐところにこっちまでお互いの温もりを感じた気がして、もうすぐ失われるその温かさなのだと思うと涙が出る。

「死ぬのを待つだけの人生なら、生まれてこなければよかったって思ってた。生きることへの執着をなくしたくて、あのリストを作ったの。でもある日それを変えてくれた人がいました。君でした。」「私は生きたい、生きてこの先の世界がどうなるかを見てみたい。」「卓也くんのせいで私、生きたくてしょうがなくなっちゃった。だからその責任をとってください。」「私の代わりに生きて」

「僕はこわい、普通に生きて、まみずの笑った顔も声も全部忘れて、まみずのいない世界で普通に生きてく自分がこわい」

「それでいいんだよ。私が死んだあとの世界を見て、聞いて、感じて、卓也くんの中に生き続ける私に報告して。」「これが、私と卓也くんの、最後の代行だよ、わかった?」

まみずと卓也の代行は、まみずの「私がやりたいことを代行して」から始まってる。卓也が言っていた「全部終わったらどうする?」、その答えが、最後のお願いが、「私がいちばんやりたいのは“生きる”こと」だから「それを代行して」。生きることがいちばんやりたいことになったその気持ちは卓也に出会って生まれたもので、本当の本当だったら「生きたい」のあとに続く言葉は「あなたと一緒に」だったはず。でもまみずはそれを言えない。「代わりに生きて」がまみずに言える精一杯で、そして活路でもあった。まみずにとって卓也が自分の代わりにこの先の未来を生きてくれることは、死に向かっていく自分の人生を照らす「光」だったんじゃないかな。

まみずから「代わりに生きて、卓也くんの中に生きる私に報告して」って言われた時の卓也の表情には、泣きそうな中にちょっと使命感みたいなものが芽生えたように見えた。このお願いは、「まみずのいない世界で普通に生きてく自分が怖い」そう言った卓也の恐怖を、少し軽くするようなものだったと思うし、これからを生きることの背中を強く強く押してくれた。

卓也はまみずを好きになって、大切な人を失った姉の気持ちが実感をもって理解できただろうし、姉を見ていた卓也には「彼女のいない世界なら自分も消える」っていう考えが「選択肢」としては心にあって(実行するつもりとかそういうことではないけど「選択肢」として)、生きていくかどうかを「選ぶ」場所に立ってたと思う。演じた『ロミオとジュリエット』も、“あなたのいない世界ならば私も消えましょう”って話。そんな中でまみずの“お願い”は、その「自分も消える」選択肢を消して、「生きる」方に進め!って背中を押すようなもの。卓也自身が、まみずがいない世界でも生きていく目的を持てた。まみずが与えてくれた。生きてていいんだと、まみずのためにも生きなきゃならないと。それは卓也にとっても、そしてその家族にとっても、この先ずっと救いなんじゃないかな。

(事故だったかもしれないけどたぶん自殺だと思われてるからその体で話すけど)自殺された人の家族って、すごく自分を責めるという。「私になにか出来ることはなかったんだろうか」って気持ちを卓也も母親もどこかで抱きながらこれまで生きてたとすると、まみずの存在や言葉は自分の生を肯定してくれたものだったかもしれない。それはまみずも同じで、卓也に自分の存在を肯定してもらえたことが「生きたい」に繋がっていったのだと思う。

卓也が生きることの背中を押してくれたまみずの強さがとても格好よくて、でもやっぱり一緒に生きられないことがものすごく切ない。

「代わりに生きて」、この展開本当に見事だなと思って、“代行”っていうこの物語の芯を成すテーマがいろんなエピソードを経てここに集約されるのか!っていう、物語としての上手さとしてもめちゃくちゃ感動した。

 

「わかった?」のあとのキスはきっと「わかったよ」。そのあとの

「卓也くんってたまに優しいよね」「たまには余計だよ」

この台詞には2人で過ごした時間の思い出が全て詰まってたような気がした。2回目のキスは「好きだよ」なんだろうな……、「愛してる」かも。最後の最後にまみずはそれを言葉にしたけど、それはこのとき卓也からのキスをそう受け取った返事だったのかもしれない。…それにしても返事をキスで返すってオシャレだよね………(笑)

 

●14日間光り続けて、そして消えた(ここの「消えた」の表現、1回目の屋上のシーン「消えるかブラックホールになるらしい」「ブラックホールにはなりたくないなぁ」にかかってるのかなぁ?)

もう屋上シーンから先、ずっと号泣です。死者からのボイスメッセージなんて泣けるに決まってる、知ってた。でもまじでめっちゃ泣いた。映画館で泣いた量(?)としては今まででいちばんだった…。(1回目は左右に人がいなかったので号泣できましたが2回目は左右と前をカップルに囲まれるという辱めを受けながらの観賞だったので1回目よりは泣きませんでした。余談でした。)

 

まみずの声をバックに、お葬式、そして2人の頭の中だけのデート、最後に海。 

 

予定外に(?)グワッと来たのが、香山くんの「キレイだな」。彼は彼なりにまみずのことが好きだったろうし、でも今は卓也の友達として“卓也のまみずへの想い”も“まみずの卓也への想い”も理解しながら隣であの煙を見ていて、自分の恋も友情も、いろんな思いが乗った「キレイだな」で、なんかすごい泣けた。

香山くんって、発光病で兄を失って「自分自身が家族を失った」立場だし、もしかしたらそのせいで兄貴の彼女=卓也の姉が自殺したかもしれないことをわかってたら「家族を失った人の友達」の立場でもあるし、好きな子が発光病になって自分が「恋する相手を失う」立場でもありつつ、「彼女を亡くした人の友達」でもあって。家族や大切なひとを失うことを卓也といちばんわかちあえるのは彼だろうし、悲しさだけじゃなくて普通にいち男子高生としての恋する感覚とかの共感も出来るのは彼だけ。香山くんが、本人たち以外でいちばん「まみずと卓也の恋」「2人の間にあったこと」の、その関係のそばにいて、いろんなことを感じてたのかもな~と思う。そばにいたといえば岡崎さんもそうだけど、香山くんなんてったってロミオやってくれたからな、キャラ的に全然そんな感じじゃなさそうなのにロミオ!! 超いい子。香山くんにもどうか幸せになってほしい。

 

鳴子の死からずっと止まってた卓也のお母さんも、最後は卓也と対面に、鳴子の席を用意することなく2人で座れていて、あんなに車の話題を拒否してたのに「車出そっか」とまで言えるようになっていた。そう言われたときの卓也が、嬉しそうな、ちょっとほっとした顔をしていてよかったなぁと思った。これもきっと間接的にはまみずのおかげ。まみずの死がまみずだけの未来を失うわけじゃないのと同じように、卓也の人生を変えることは、卓也の家族の人生も変えること。こうしてどんどん繋がって、まみずが生きたことが広がっていくの、まさに夜を明るく照らす月の光みたいですごいなぁ。

 

「卓也くんとデートしてるような気持ちになってたんだよ」

この2人のデートシーンは切なさも相まってものすごく、ものすごく綺麗だった…! 現実じゃなくて、2人の頭の中にしかない時間。このキラキラした2人のシーンをもっとたくさん、延々と観ていたかった。カットしたやつ全部出せ!と思うくらい(笑) まみずのジュリエット観たいし、香山くんにもまみずとロミジュリやるの叶えるくらいのことはしてあげてください!!!!!

そして最後はまみずの赤い靴を持って、まみずの声と共に2人で海に来たんだよね……。やっと来られたんだよな、2人で。

「私は幸せでした」「もうすぐその時がやってきます」「正真正銘、これが最後のお願いです。幸せになってね」「愛してます。愛してる」

「幸せになってね」「愛してる」って、すごくない? 私にはこの言葉が「忘れていいよ」「忘れないで」に聞こえて、この言葉を伝えたまみずの可愛さ、17才の女の子らしさと、死のそばで恐怖に耐えてきた人間としての強さみたいなものを一気に感じてものすごく心にきた。「彼女って言ってほしい」「そばにいる人を大切に」、まみずは本当に本当に、卓也のこと愛してたんだなぁと思った。17才の少女が「愛してる」って言いたい、言える相手と出会えてよかったなって思うし、この出会いが、卓也に出会えて愛されたことが、まみずにとってもたった17年で終わる人生でも「私は私でよかった」って言わせたところなんだろうな……。

パンフレットで監督が「一緒に生きられないけれど、一緒に生きていくことになるふたりのラブストーリー」って仰ってたけど、ほんとそういうことなんだよね……。「心の中に生き続ける私に報告して」だもんな…。まみずが好きだと言っていたロミジュリの台詞「名前って何?バラと呼んでいる花を別の名前にしてみても美しい香りはそのまま」も少し通じるものがあるのかな? 肉体という入れ物は失われたけど、卓也の中にまみずという存在は生き続けてる。

 

(しかしこの海のシーン、たそがれてる背後に母親おるって思ったらなかなかよな……)(水をさすな)(2回目観たら、お母さんの目線が「あの子も成長したのねぇ」みたいな優しさに溢れてて普通に感動しました)

 

あと、まみずのメッセージの中に「私が卓也くんといることを選んだんだよ」「死ぬのをただ待つよりも、(たとえ病気が進行しても)生きる喜びを感じたいと思ったの」みたいな言葉があって、これってもしかして香山兄と鳴子との対比だったのかなと思ってる。望遠鏡借りに行ったときに香山くんが「兄貴が発光病ってわかってから、あんまり会いにこなくなったもんな」って言ってて、もしかして香山兄は最初のまみずみたいに鳴子のこと遠ざけたのかもしれないなと。この香山兄&鳴子はまみずと卓也にシンクロした存在だとすると、彼らが死に向かってしまったのに対して「卓也くんと生きることを選んだ」まみずと「まみずの代わりに生きていく」卓也、「生きる」ことを肯定してその道を進もうとした2人だった。もちろん香山くんのお兄さんや鳴子が悪いとかそういうことではないんだけどね……その悲しみも孤独も誰にも理解できない。

 

ラストに映った、卓也が作ったスノードームは結婚した2人の人形になってて、プロポーズのシーンもお父さんとの会話もここに繋がっていて、更には突然出てきた公式グッズのキャラ、ネタ元ここか!と判明したスッキリさもありとてもいい終わりだった。笑

 

●そして時は戻り“現在”

医大生になってるらしい卓也。いつか発光病の治療法が見つかる世になるといい。「人類の未来のために協力してあげてるんだよ」、まみずは自らの意思で協力したわけじゃないけど、そう言ってたまみずと共に卓也は頑張るんだろうな。

最後の最後、映像がフワ~っと浮いて上空からの画になったのが、なんとなく空にいるまみず目線みたいな感じがして優しい気持ちになった。最初から最後まで、ほんとに素敵な映画でした!!!

 

 

 …ハイ、本編の感想終わりまして、以下雑感です。

 

◎思ったこと箇条書き

・構成が見事すぎて脚本がほしい………。「優しいよね」の3段活用(?)とか疑似結婚とか家族の話とか全部こことここが繋がってる!って解き明かしたい

バンジージャンプ「したいしたいしたい!」「しないしないしない!」「しなぁぁーーーい!」の卓也とまみずめっちゃ可愛い(しかし2回観てもこれがどのタイミングだったのか記憶から抜けてる)

・計2回の屋上のシーンで、ところどころまみずも卓也も相手のことを「君」呼びするのね。それがタイトルの『君は月夜に光り輝く』と合わせると、お互いが「光り輝く」存在だったんだなぁと、発光病っていう物理的な「輝き」だけじゃなくて人生における光のような君だったこともこのタイトルに含まれてたんだなぁと。素敵なタイトルだ…!

・宣伝で「あったかい気持ちになる」って言ってた理由がよくわかった。主題歌もとてもよかった、明るくてほっとするような曲。「思い出してくれればいい」っていうその一言に全て詰まってる。メロディも本当に、あったかくて、少し朝っぽくて、すごくよかった。

・クレジットで劇中歌詞に(キミスイ主題歌である)『himawari』出てて、たぶんカラオケのシーンのところだと思うんだけど、そういう遊び心、同じ監督×同じ役者だから出来るそういうの!いい!!! あのカラオケシーンで読み取れた歌詞「ぼく」だけで、何歌ってたか探すの難儀だな~と思ってたから早々に判明してよかった(笑)

・最初の「香山と仲いいの?」の彼が最後も「渡良瀬さんと仲よかったの?」の彼で、そういうとこ~!うまいよね~!すき~~~!w

永野芽郁ちゃんがほとんどメイクしてない(わかりやすくアイメイクとかしてない)のに綺麗でね…病人らしさと愛らしさ…そう、愛らしさがとても…よかった……。

 

北村匠海ファン目線で思った(主にビジュアルについての)感想

・最初に映るのが石に触れる手、花に添えられた手。その指の美しさからもうありがとうこの映画!って思った(手フェチ)

・ただ普通に全身が映るシーンでその度に思う顔の小ささと等身のバランスのよさ。私の顔2割くらいあげよか?ってなる小顔。うらやま。

・リボンカチューシャの可愛さ……(でも普通ジェットコースターではあぁいうの外すよね、飛んでったら危ないじゃん…)(現実的)

・白いシャツ(制服)のビジュアルがDISH//春ツアーの下敷きの顔してて、途中何分か「下敷きやん……」と思いながら観てしまった。誰か分かってくれるだろうか……ロミジュリの役決めてから友達と歩いてるらへんの下敷き感…。卓也に申し訳ない。

・ジュリエットが普通に可愛く仕上がってしまっている笑

・横顔の造形美……。特にあの切なさMAXの2人が想いを確かめあう(まみずが卓也を抱き寄せてる)シーン、めちゃくちゃ切なくてでもいいシーンで感動しまくってたけど、脳の1割で稼働してた北村匠海ファン脳が「横顔の!造形美!!!!!!!」って叫んでた。ここの横顔の造形美。やばい。ZOUKEIBI…

・赤いサンダル持って海辺にたたずむ姿が絵になりすぎ半端ない

・冒頭&ラストの前髪上げバージョンもまた格好いい

・おでこのほくろ見えよき(自分もおでこにほくろがあるから←)

 

俳優北村匠海としては、キミスイの時より「洗練された」感じがすごくあったなぁ。「僕」を今の北村匠海がやったら、また全然違ったんだろうし、脚本通り「泣いてもいいですか」の後にボロボロボロって泣くお芝居をしてたんじゃないかな……みたいな。でもあの「僕」はあの時の北村匠海の、まだ世にあんまり発見されてない北村匠海だからこそのちょっとした野暮ったさや不安げな瞳がよかったし、必死な感じがよかったのだと思うし。あれから2年経って、今回のキミツキはより洗練されてて、培った技術に裏打ちされた「見事な芝居」だったように思えた。「見事な仕事」で「見事な表現」だった。キミスイも見事な「芝居」だったけど、「僕」の裏の北村匠海の感情が「僕」を飲み込む瞬間があるみたいな、そんな感じだったと思ってて、それと比べると卓也には「北村匠海」はほとんどいなくて見事に「岡田卓也」だったなという感じ。あくまで私の思った“感じ”です。

 

 

正直この映画、ざっくりした内容としてはありきたりではあると思うのよ、恋する2人が病気及び死によって別れを迎える映画なんて年2~3本はあるだろうし、残された側が医学生になってるとかなんかどっかで見たな!?ってなったし(笑)

でも磨き抜かれた型の中で「代行」という素材を見事に調理して、半端ない美しさを放ってるのがこのキミツキだと思う(“磨き抜かれた型”うんぬんについてはわた恋こと『わたしに運命の恋なんてありえないって思ってた』参照で)。こういった物語に初めて触れた人にとってはこれがテンプレートになるのだろうし、私にとってそれはきっとセカチューだったり1リットルの涙だったけど、それが恋空の人もいるだろうしキミスイの人もいるだろうし、もっと前にもいろんな物語があったのだろうし。よくある話というのはその度に磨かれていくから、私はこれからもセオリーを愛するぞ…!

 

今私は、舞台挨拶で渡された手紙の「また映画やろうね」に泣けるくらいにはまみずと卓也、ひいては北村匠海永野芽郁のコンビが愛しいです。今度は大人になった2人にドロッドロの救いのない愛憎劇とかやってほしい。自分の夫を殺した犯人を愛してしまうみたいなやつ(どんなや)。

 

匠海さんや芽郁ちゃんや映画を作ったスタッフさんにどうにか「よかった!」と伝えたいけど、大忙しの方々だろうから「私の感想なぞ読んでないで寝ろ!」とも思うので、その行き場のない感情を発散させてる、みたいなのがこのブログになります。なにをどうしたら約15,000字も書くことに…(笑) 

制作に携わった方々にはほんとに素晴らしい映画をありがとうの気持ちでいっぱいです。たくさんの宣伝お疲れさまでした。SNSもたくさん更新してくれてありがとう!! 可愛かったです。

 

2回観ていろんな解釈や気付きを得られたし、1回目より2回目の方が「北村匠海」をあまり意識せず「岡田卓也」として観られたのが自分の中でも発見だった。あと2回目はめっちゃ早く感じた……本編は一瞬のようで、終わったあと隣のカップルがなかなか帰らないから私も席から立てなかった時間は地獄のように長く感じた…久々に心の底からまじで彼氏ほしいと思いました(余談すぎる余談)

では、大変な長文をここまで読んでくださった方ありがとうございました!

次は原作読むぞー!!楽しみ!