ゆめをたべてく

いろんな好きを掛け持ちする飽き性

6/5 Mステ感想~今はまだ物語の途中~

2020年6月5日。北村匠海DISH//)記念すべきMステ単独初出演の日でした。

日付が超えたところから(というか先週の段階から既に)祝いじゃ祭りじゃとこの日を待ちわびており、なぜか朝から緊張し続けたまま出勤し、帰宅するという、ふわふわとした日中でした。

 

↑このツイートの表情が見るからに緊張しており、こっちにも伝染。

今回のMステはTikTokとのコラボもしており、放送開始前の生配信→本番→歌唱→TikTok生配信という本人的にもこちら側としてもまぁまぁハイカロリーな約2時間だった。

まぁそんなことはどうでもいいのよ。よくわからん前置きをしてしまったよ。よくわからん前置きをしたくなるくらい、言葉にしづらい、感情を抱いているのよこのMステを思い出す時。

 

起きた事実だけを言うと、匠海くんは歌唱の最後の方で歌詞を飛ばしてしまって、歌えなかった時間があった。

こちらからは、その時の、それまでの、この出演にかけていた、この歌唱にかけていた匠海くんの思いを、「わかる」ということはない。予想したり表情や声から感じ取ったりすることはできるかもしれないけど、やっぱり本人や、彼らが背負っている“何か”について、背負っている人たちにしかわからない気持ちがあるのだと思う。

だからこれはあくまで私の思いとして、あの時間、テレビの向こうとこちらで同じ時間を過ごしていた時の感情を出来るだけ言葉にしたい。

 

今回歌われた『猫』という曲は私にとって特別だ。「北村匠海の歌声」に惹かれた曲。DISH//へのきっかけの曲。“あの時この歌を聴いていなかったら私はこうしていなかった”という瞬間を今も覚えている。私が知ってから2年、この曲が世に出てから約3年。まだまだ新規と言っていい浅いファンの私でも、いろんな『猫』を観た。聴いた。音源、YouTube、ツアーや過去のライブ映像。そして今回のTHE FIRST TAKE。

www.youtube.comこのTHE FIRST TAKEは、予告でその声を、音をひとつ聴いたときから鳥肌がたつような、底知れない「よさ」みたいなものがあった。音源や収録の環境がよかったのもあるかもしれないけれど、匠海くんの内にある緊張感と、歌い込んだ楽曲への信頼と、仲間の演奏への安心と、ただシンプルに曲の中にある想いを表現する力、その全てが混ざり合って、空気の中に溶けて、声に乗って届くような、そんな不思議な感覚を覚える動画だった。日に日に再生回数がのびて、ちょこちょことメディアで取り上げられるようになって、そしてついにこの『猫』は北村匠海をMステに連れて来た。

この歳にもなると、いわゆる「人気」というのが単純な評価や良し悪しだけで測られたものではないことくらい、わかる。まぁ詳細は割愛するが、とにかく北村匠海が「(DISH//)」とグループ名を出してこの番組に出演するのは、歴史的に、なんていうか、明治維新とまではいかないが百姓一揆くらいの感じでは教科書に載る出来事として、「すごいこと」だった。歴史が(少し)変わる瞬間としても注目されていて(こんなブログもあったくらい→次回北村匠海が出演する『Mステ』、一部の事務所を厚遇する姿勢を改めたのか注視しないといけない - face it、ただでさえグループの曲である『猫』を1人きりで歌うという背負い以外にもいろんなものを背負って担いで、この場にいるんだろうなと、こちらとしてもいろいろ思いながら、その時を迎えた。

 

彼の緊張の中に過去の歩みを振り返る気持ちがあったからわからないけれど、これまで音楽活動という道においてはほとんどの時間を一緒に歩いてきた仲間が隣や後ろにいないステージで、たった一人で、光を浴びて、見えない大勢の人に向かって歌を届けるって、私にはとても孤独なことに思えた。勝手にだけど、その孤独を思って、歌う前から泣きそうだった。

いざ歌い始めて、ほんとうにひとりぼっちのステージで黒の中に光のような白の衣装で、実際にも無数の光を浴びて歌っている姿はとても美しく、でもやはり孤独だった。緊張している声色ではありつつ、でもしっかりと厚く、芯のある、想いの乗った歌声だと思った。

ラストのサビに入ったくらいから、匠海くんの目が潤んでいたように見えた。

↑これは歌詞が飛ぶ前の感想。テレビ画面を通して観ていても、本当に本当に、何かを必死に伝えようと、思いを込めて歌おうとしていること、この曲を「届けたい」という気持ちみたいなものがびしびし伝わってきた。涙目の匠海を観ながら、以前にWaTがMステに出演していろんな思いが募って涙で歌えなかったことを思い出した。理屈や理性を超えて、これだけ感情が高まって涙があふれるような体験を、私はこれからの人生ですることがあるのかな。

 

歌えなかった時間と曲が終わっての数秒の、あの悔しそうな表情が忘れられない。

私としては今もなお語り継がれる「やべっ事件」や「打ちひしがれ事件」を思い出して、大丈夫次がある!と一度は思ったけれど、彼らにとって「次」は私なんかの感覚よりもっとずっと重いものかもしれないなと気付く。この場に立つことが、すごくすごく「大きいこと」なのだ。たぶん。いい意味で、これが「普通」のことになればいいなと前よりも強く思ったし、もちろん慣れておざなりにしてほしいわけではないけれど、変化していく時代の中で変わっていったほしいことのひとつだなとは思う。

 


あと、これは匠海くんの本意ではないだろうけど、いち鑑賞者としては、この失敗は全然失敗ではなかったと思う。物語に必要な負け、そういう類のものという印象すら覚えた。ドラゴンボールもワンピースもHUNTER×HUNTER鬼滅の刃も、目的への「過程の段階」ではよく打ちのめされるのだ。その負けがあってこそ、自分の求めたものを手に入れられる力をつける。そういう視点ではむしろこれが伏線となり、次なるマイルストーンを見せる光になった。「4人でリベンジ」への思いが強くなる。応援したくなる。繰り返すけど、これは匠海くんの本意ではないだろうけれどもね。

もちろん最後までちゃんと歌えていたとしたら、それはそれで、その歌声の素晴らしさに人は惹かれたと思っていて、どちらにせよ、この日、北村匠海DISH//は昨日よりも少し世間に見つかったはずだ!! DISH//はいいぞ!!!!!(宣伝w)

dish-web.com

つまり、万事成功したパターンとは違う道になったけど、これはこれで素敵な未来に繋がってるんじゃないかなと思うわけです。 

こんな時代が来ることを心から願っている。

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アフターMステ|ミュージックステーション|テレビ朝日

4人でリベンジするまで誰も脱退とか解散とかすんなよ~~!!!!頼んだぞ!!!!!!(縁起でもないw)

どうかその日まで見守っていける世界でありますように……!